ベトナムで行われた米朝首脳会談の2日目は予想外の展開となりました。予定されていたワーキングランチがキャンセルされ、トランプ大統領の記者会見が2時間ほど前倒しになり、共同記者会見がなくなったという報が流れた時点でこの案件に注目していた方々にはあらかたの展開の想像ができたでしょう。
私もそのあと開催された約40分にわたるトランプ大統領の記者会見、質疑を食い入るように拝見しました。まず、驚きだったのはトランプ大統領の顔色が実に冴えなかったのです。珍しいぐらいシリアスだったと思います。記者会見の内容は報じられている通りですのでここでは割愛します。
ここから考察です。
まず、今回の米朝会談は無理やり日程を入れた感が強いと考えています。私の22日付の本稿で「今回の会談の成果は大きなものにはならないと判断せざるを得ません」と明確に期待を打ち消していました。非核化の定義と歩み寄りが実務者ベースで進捗していなかった中でトップ会談で打開しようと双方が考えたところにポイントがあります。
ではなぜ、両者は急いだのでしょうか?
北朝鮮は制裁が効き、経済的に苦しい中で打開を急がねばならないのは自明。そして文大統領が背中を押していました。ここは分かります。ではトランプ氏ですが、私は米中貿易交渉の決着をつけてから米朝首脳会談に臨むべきと再三意見してきました。それなのに順番を変えたのは大統領のポイントゲット目的以外に考えられません。
日本ではあまり報じられていませんが、首脳会談があった昨日、アメリカではトランプ氏の元顧問弁護士、マイケル コーエン氏が下院公聴会で7時間も締め上げられ、かなり下品な表現を使いさまざまな暴露をしています。これがアメリカ的エンタテイメント要素もあり、米朝首脳会談は蚊帳の外でした。
トランプ氏を取り巻く情勢はこのところ相当厳しいと言ってよいでしょう。ロシア疑惑、コーエン暴露、壁建設、債務上限、米中貿易交渉などはごく一部で他にも難題は山積している中でインドパキスタンの争いも話題に上がり始めています。ある意味守勢の中で大統領選もにらみ、どうしても評点を上げる必要があります。そのためにビジネスマン魂のトランプ氏はトップ同士のディールができると思い、金正恩氏との会談を安直に選んだ可能性があったのではないでしょうか?
一部解説では「トランプ流交渉術でアメリカが若干有利」と論じるものもありますが、私は違うと思います。金正恩氏はトランプ氏との交渉の機運を一旦損ねたため、次回の会談は劇的な進化がない限り1年以上は俎上に上がってこないとみています。その場合、米国大統領選挙の行方次第ではトランプ氏のパワーがどうなっているかわからないリスクが当然予見できます。これは一見、北朝鮮不利と見えますが、そうではなく、中国に寄り添う姿勢がより鮮明になることを意味し、アメリカの北朝鮮外交の失敗につながる可能性があるとみるべきです。
今回の交渉失敗でポジティブサイドなのが日本と中国。ネガティブサイドが韓国になります。中国は米中貿易交渉でトランプ大統領が次は失敗できないという姿勢で臨むため、ディールに乗る可能性が高まるとみています。これは中国を利します。日本は朝鮮半島が一体感を増す中で対日本という意識を持たれるのが一番怖いところでした。これが一旦は先送りされ、戦略見直しになります。
一方、文大統領は相当困るでしょう。もともと国内経済がボロボロになっている中で北朝鮮ディールのみでやりくりしている「一本足政策」ですが、このままでは両足がついてしまうかもしれません。
今回の会談、「決裂」としても過言はないでしょう。トランプ氏はポジティブな表現を使っていましたが、そこはパブリック向けの言葉です。実態としては散々なものだったと認識しています。金正恩氏がトランプ氏とディールを継続したいなら完全非核化のカードを切らないと厳しくなります。
北朝鮮は外交交渉メンバーが少なすぎて金正恩氏が屏風になれないところに交渉能力の弱点を見ています。逆に言えば金正恩氏は内政に相当苦心しているとも言えます。ごく少数の側近しか頼れない極めて緊迫した国内情勢が今回の準備不足の博打的な米朝首脳会談に立ち向かわせた可能性も大いにありそうです。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2019年3月1日の記事より転載させていただきました。