E判定からの合格方法

田村 和広

今年の入試も概ね終了した。来年に向けて気持ちも新たに受験勉強を始めた人も多いだろう。学習が順調な人はそのまま進めば良いのだが、現時点では志望校に余裕で合格するような判定を得ていないのが普通である。そこで、現在志望校の合格判定がEの人が、来春の入試において合格を掴みとるための方法について論じる。各個人に最適な具体策は十人十色なので紹介しきれないが、多くの人に有効な「最大公約数」的な勉強方法に関する考え方をお伝えしたい。

苦戦する人のタイプは2種類

ある観点から伸び悩みの原因を分類すると、大きく2種類に分かれる。1つは9割を占め、もう片方は1割を占める。より深刻なのは1割の方である。(割合は比喩的表現)

9割を占める方の改善策は、比較的単純なので後半で論ずることとし、まずはこの1割の方への打開策を伝える。

何よりも必要なのは「学習棄却」

結論から言うと、この1割が偏差値ヒエラルキーの分厚い雲を突破して合格圏に上昇するために必要なのは、「学習棄却」である。言葉の印象から「勉強しないということか?」と類推する方もいるかもしれないが、それは「学習放棄」である。

ここで言う「学習棄却」とは、簡単に言えば「過去の成功体験を捨てる」ということである。「上手く行った勉強方法を一旦捨てよ」ということである。

学習棄却(unlearning)とは

本来は組織の学習能力に関する用語だが、要するに「今持っている知識・習慣を捨てること」である。学習環境という外的変化と肉体的成長という内的変化に対応し、意識的に、過去の体験で得た学習知識を捨て去ることである。ダブルループ学習(既存の枠組みを捨てて新しい考え方や行動の枠組みを取り込むこと。組織学習について心理学者が約40年前に提唱した説)とも関係が深いだろう。

過去の成功体験とは

中学受験の成功は、学習塾が用意してくれたドリルを、親の管理のもと、従順にこなせたという要因も大きい。しかし本人は「自分が頑張ったから成功した」と感じている。確かにそれも十分条件だが、必要条件として存在する親の戦略と管理はまだ見えていない。中学生にもなれば、通常は反抗期がやってきて親も管理しきれない。そこで管理能力が未熟ながらも中学生は、自分の成功体験から戦略を編み出し、次々にやってくる試験を乗り越えようとする。この時点での過去の成功体験とは「頑張って丸暗記すれば成功する」という精神論が多い。

なぜ成功体験を捨てなくてはならないのか

小学生時代の勉強は、その多くが受動的な「知的条件反射(解の連想またはパターン認識)」と「知識の装備」に過ぎない。そこで、中学でも「解法と知識の丸暗記」という戦略を実行するが、なぜか徐々に通用しなくなる。その真因は、脳の成長に伴う意味記憶の効率低下、つまり丸暗記力が落ちたことなのだが、本人は「頑張りが足りない」と精神論に理由をもとめ、「徹夜で暗記」などの下策に走る。量的拡大を目指すあまり、質的低下をきたしてしまい記憶の総量は逆に低下してしまう。

この失敗経験こそ実は重要なのだが、自他共に失敗をとがめる傾向の強い日本人は、失敗すると過度に心の痛みを覚えてしまうので、直視して戦訓を抽出することを避けてしまう。不幸にも高校受験をこの丸暗記戦略で頑張って乗り切ってしまうと、大学受験になるともう普通は上手く行かない。丸暗記で成功するのはごく一部の常人離れした記憶力の持ち主だけである。

なぜか。

主な理由は2つある。

1つは、知識の必要量が丸暗記では確保できないからである。大学受験は丸暗記で間に合わせるには覚える知識の量が多すぎる。もう1つは、大学受験では読解力と思考力が問われるが、それらは丸暗記では養えないからだ。

定期試験では限定された範囲で限定された内容を試される。丸暗記で憶えきれる量である。部活も充実させ定期試験も頑張るとなると時間は不足する。となれば定期試験はやはり暗記で対処する。これで高校2年間を過ごし、いざ受験勉強を始めてみると、あれほど頑張って暗記した内容が殆ど思い出せない。実に潔い。そこで基礎が大事だ、ということで教科書傍用問題集や網羅系参考書を手にするのだが、これではもう時間切れである。

ではどうすべきなのか

実は、中学段階で、「学習棄却」を実行するべきである。もう高校3年生になってしまう、と言う人も今からでも遅くはないので、今すぐ自己改革に取り組むべきである。

具体的には、「丸暗記では上手く行かない」ということに気が付くべきである。

「丸暗記」という過去の成功体験(=学習)を捨てて(=棄却)、新たな勉強の仕方を模索することこそ、真っ先に学ぶべきことである。脳科学又は認知心理学の研究によると、人は十代後半になると、脳の成長に従って「エピソード記憶」という記憶方法が得意になってくるという。簡単に言うと「物語として憶える」ことである。子どもたちへの指導と記憶の定着ぶりを振り返るとき、確かに思い当たることが多い知見である。

仮説にすぎないが、中学以降は丸暗記に代わってこの「エピソード記憶」を活用することが成功の鍵と言えよう。心身ともに激変し、経験も豊かになる十代後半は、過去の成功体験はどんどん忘れ、日々自己革新を遂げることが大事だ。たとえ成功が昨日のことであっても。

1割の人がとるべき打開策の結論

1割の人とは、量的には十分に勉強しているのに、力が伸びないタイプのことである。このタイプの人にとって有効な打開策は、学習棄却である。自らの学習方法を検証し、精神論ではなく科学的な観点から、学習方法と学習計画を妥当なものに改変することが重要である。

9割の人がとるべき打開策

では次に、9割の方についての打開策を提示する。

こちらのタイプが成功するために確保すべきものは、唯一つ。

「勉強量」である。

要するに、殆どの人は勉強不足なだけである。あれこれ悩む前に、まずは勉強量を確保することだ。そして勉強量が足りない人ほど、「努力は不要」、「これさえやれば学力が上がる」など刺激的な標題の、量が足りない現状を肯定してくれる「学習エンタメ本」を読んで心地よくなっていることが多い。ぜひ目を覚まして頂きたい。

全ての受験生に有効な勉強方法

最後に高校新3年生に向けて、現在E判定を取っている全ての人に有効な勉強方法をお伝えする。

「ゴールからスタートへ」が最善手である。つまり、「過去問の研究とそれに対応した学習」、これこそが成功の鍵である。理由は迷路と同じ。

ただし、ただ入試に合格するだけであって賢くなるわけではないので、数学者や研究者になりたい人にはお勧めしない。智者を目指すなら、このような手法は選択せず、正面から正々堂々と知的鍛錬に励むべきであろう。

田村 和広 算数数学の個別指導塾「アルファ算数教室」主宰
1968年生まれ。1992年東京大学卒。証券会社勤務の後、上場企業広報部長、CFOを経て独立。