米中の「欧州情報戦」の覇権争い

長谷川 良

幸い死傷者が出ず、事前に防止されたこともあって、11人のテロ容疑者の逮捕というニュースはあまり注目されなかったが、ベルリンからの情報によると、ドイツのヘッセン州とラインラント=プファルツ州で治安部隊が容疑者宅を奇襲し、合わせて11人のテロ容疑者を逮捕した。主犯はオッフェンバッハ出身の21歳の男性とヴィースバーデンの31歳の2人の男性の合わせて3人。フランクフルト検察当局が22日発表した。

▲NSA本部(NSAのHPから)

これまでの捜査で明らかになったことは、容疑者たちはイスラム過激思想を動機とした大規模なテロを計画していた。彼らは「不信仰者を可能なかぎり多く殺害する」と考えていたという。 ニュージランド(NZ)中部のクライスチャーチにあるイスラム寺院(モスク)で15日、白人主義者による銃乱射事件が発生し、50人が死亡した直後ということもあり、欧米主要国ではNZの事件に反発したイスラム過激派による報復テロを警戒していた。それだけに、大量殺人テロを計画していたグループを事前に拘束したドイツ当局は大きな手柄を立てたわけだ。

話はスペインに飛ぶ。駐スペイン中国大使館の呂凡大使は今月15日、マドリードの大使館で記者会見を開き、「スペインが米国の要求に応じ、ファーウェイ(中国通信機器大手・華為科技)をスペインの通信網から追放するようなことがあれば、スペインと中国間の経済関係に大きな支障が生じるだろう」と警告を発した。そのニュースが報じられると、スペイン国内で「中国大使の警告はヤクザの脅しだ。中国側が最初にすべきことは、ファーウェイが中国共産党政権のスパイ活動を支援していないことを証明することだ」と反発する声が飛び出している(海外中国メディア「大紀元」3月18日)。

スペインと中国間の貿易総額は昨年836億ドルで過去最高だった。中国企業のスペイン市場への投資も増加し、バレンシア湾やビルバオ湾は中国企業が大出資している。「大紀元」によれば、米国が先月末バルセロナで開催された電子機器展示会・携帯世界会議(MWC)に関係者を派遣し、ファーウェイの機器やサービスを使用しないよう働きかけたという。中国大使の警告はそれを意識したものだろう。

次に、スイスに飛ぶ。ベルン駐在の米国大使館はスイス政府に対し、スイス国内で中国の通信技術の利用に懸念を表明したという。スイスのニュースサイト「スイス・インフォ」(3月18日)によると、「同国の通信大手サンライズはファーウェイの技術を利用し5Gネットワークを構築する計画を進めている。ファーウェイはスイスの主要な大手通信会社と提携している」という。

トランプ米政権はファーウェイが中国共産党政権のスパイ工作を支援しているとして、同盟国に対し、ファーウェイを政府の入札から追放するように呼び掛けてきた。それに対し、ファーウェイ側は今月初め、米国の「スパイ工作容疑」を否定し、米国政府を相手取りテキサス州の裁判所に提訴したばかりだ。

欧州連合(EU)はファーウェイ対策では分裂している。中国側の投資を期待して中国に傾斜してきた加盟国は13カ国にも及ぶ。それに対し、トランプ米政権は「ファーウェイを政府入札から排除しない国に対しては米国は今後情報協力をしない」と警告を発している。具体的には、米国家安全保障局(NSA)ら同国諜報機関がイスラム系過激テロ活動の情報を入手したとしても提供しない、という情報ボイコット宣言だ。

思い出してほしい。NSAが2013年、欧州の盟主ドイツのメルケル首相の携帯電話を盗聴していることが発覚して大きな波紋を投じた。内部告発サイト「ウィキリークス」は2015年6月、「NSAが3代のフランス大統領の通信を傍受していた」と指摘、その関連文書を発表し、大きな話題を呼んだこともあった。 米国の情報網は欧州全土に広がっている。情報戦争時代では敵国、同盟国の区別は極めて希薄となってきた一方、盗聴を含む情報技術は急速に発展してきた。情報戦争では情報収集技術の有無が決定的だ(「私の本当の友人は誰?」2015年6月26日参考)

欧州の情報機関の多くはNSAやCIAなど米諜報機関から情報提供を受けてきた。このコラムの最初にドイツのテロ情報を紹介したのは、ドイツ連邦情報局(BND)が米国側の情報提供を受け、テロを未然に防げた、ということを思い出すためだ。その重要な情報源がストップされれば、欧州のテロ対策も大きく後退せざるを得なくなる。

トランプ米政権は同盟国に対し、「ファーウェイをとるか、米国との情報協力を維持するか」の選択を強いているわけだ。もう少し客観的に表現するとすれば、「(ファーウェイなどを駆使した)中国の情報工作の拡大に対し、(欧州全土で情報戦の主導権を握ってきた)米国が必死に防衛に乗り出してきた」ともいえるかもしれない。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年3月24日の記事に一部加筆。