私の本当の友人は誰? --- 長谷川 良

17世紀のイギリスの神学者トーマス・フラー(Thomas Fuller)は「見えないところで私のことをよく言っている人は、私の友人だ」(He’s my friend that speaks well of me behind my back)と語ったという。とすれば、私がいる前で私のことをよく言っている人がいたら、ひょっとしたら私の友人でない可能性があるということになる。

内部告発サイト「ウィキリークス」は23日、「米国の国家安全保障局(NSA)が3代のフランス大統領の通信を傍受していた」と指摘し、その関連文書を発表し、大きな波紋を投じている。このニュースを読んだ時、先述のイギリス神学者の言葉を思い出した次第だ。少し説明する。

メディア報道によると、NSAはフランスのシラク元大統領、サルコジ前大統領、オランド現大統領の通話を傍聴していたという。オランド大統領は24日、緊急の国防会議を開催して対応を検討したほどだ。
隣国ドイツではメルケル首相の通話がNSAに傍聴されていたことが発覚し、米独両国関係が一時、険悪化した。独連邦情報局(BND)がNSAと久しく連携して情報工作を行ってきたことも次々と明らかになっていった。ワシントンからの情報では、メルケル首相の通話を今後傍聴しないことで独米両国は一致したというが、NSAとBNDの連携は今後とも続けられる、と受け取られている。

米国は他国の首脳の通話を傍聴できる技術的能力を有している。その国がその能力を行使せず、押し入れにしまって置くことなどは考えられない。メルケル首相もそのことを十分知っているはずだ。だから、オバマ大統領が、「あなたの携帯電話は盗聴しません」と表明したとしても、メルケル首相は完全には信じないだろう。

冷戦後、世界は情報戦争に突入している。他国より、より早く、正確な情報を入手できる国が情報戦で勝利し、経済活動でも相手に先行して有利な商談を進めることができる。その情報戦争でトップを走っているのが米国だ。

外交の表舞台では、お互いに相手を褒めるが、相手国の代表がいないような場所では相手の悪口や弱点を言いふらす。そのいやらしさは、どの国でも程度の差こそあれ同じだろう。外遊先で日本を批判してきた朴槿恵大統領の“告口外交”はその典型的な例だ。ただし、朴大統領の告口外交は余りにもストレートすぎて、変化球ではないから、相手側に読まれてしまう欠点がある。

「大統領は素晴らしいですね」と安倍首相がオバマ米大統領の前で述べた場合、賢明なオバマ大統領は「ありがとう」と礼をいったとしても、安倍首相の言葉をそのまま信じないだろう。しかし、オバマ大統領がいない場所で安倍首相が「オバマ大統領は本当に素晴らしい大統領だ」と絶賛するならば、そのニュースは人の口から口へと伝わり、オバマ大統領の耳にも届くだろう。そうなれば、オバマ大統領はどう思うだろうか。「晋三もいいやつだ」と笑顔を見せながら呟くだろう。安倍首相がそこまで計算したうえでオバマ大統領を称賛するならば、安倍首相は情報戦で勝利者となれるだろう。安倍首相を外交の表舞台で批判する朴大統領の“告口外交”は情報戦がいかなるものかを理解していない最悪の外交だ。

NSAの仏大統領盗聴工作が発覚した後、オバマ大統領がにやにやしながらオランド大統領に近づいてきたとする。オランド大統領は、「オバマ大統領はNSA関係者から自分の夜の行動に関する情報を手にいれたな」と考え、警戒するだろう。

情報戦ではオバマ大統領は世界のどの指導者より有利な立場にいる。NSAがオバマ大統領の個人的な通話内容もひょっとしたら傍聴しているかもしれないが、基本的にはあり得ない。ただし、完全には排除できない。

イギリス神学者の名言は21世紀の情報戦の勝利の秘訣を提示している。相手国は自分の通話を必ず傍聴していると考え、電話では相手を称賛すればいいのだ。その通話内容は必ず相手の耳に届き、相手はあなたを本当の友人と誤解するかもしれないだろう。もちろん、相手はあなたの褒め言葉すら計算済みかもしれないが……。
それにしても、17世紀の神学者が21世紀の情報戦に生きる知恵を既に知っていたということは驚きだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年6月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。