残業をやめても生産性が落ちないワケ:働き方改革法施行の効果

新年度、ビジネス現場で最も注目されているトピックのひとつが、働き方改革改正法の施行ではないでしょうか。有給休暇取得義務、同一労働同一賃金なども注目されますが、なかでも残業規制は、実行すれば生産性が下がってしまうとの懸念が、経営者からも従業員の現場からもよく聞かれます。

しかし、既にこれらの取り組みを実行した企業の多くでは、むしろ生産性が上がる効果もみられるようです。カギはどこにあるのでしょうか。

写真AC:編集部

4月から残業の上限は月45時間に

新たな働き方改革改正法では、時間外労働の上限が原則として月45時間、年360時間とされました。臨時的に特別な事情がある場合でも年720時間、複数月の平均で80時間(休日労働含む)以内などとし、違反した場合には企業に罰則が科されるおそれがあります。

出典:厚生労働省「働き方改革特設サイト」
https://www.mhlw.go.jp/hatarakikata/overtime.html
https://www.mhlw.go.jp/content/000485610.pdf
https://www.mhlw.go.jp/content/000474498.pdf

残業をめぐっては、2015年に広告代理店の社員が過労自殺をした事件が大きく報道されるなど、かねてから働く人々にとって関心の高い社会問題とされてきました。過重な労働が長くなるほど疲労が蓄積し、脳血管、心臓疾患など病気のリスクが高まることが医学的に確認されています。

特に、時間外・休日労働がおおむね月45時間を超えて長くなると業務と病気の発症との関連性が徐々に高まることから、労災の認定基準にも用いられています。今回の改正ではこの水準が原則として残業の上限として法的に定められました。例外として認められる月平均80時間は、労災の認定上「過労死ライン」として知られる水準と同じです。法規制により、過労死のリスクを防ぐしくみが整いました。

出典:厚生労働省「STOP!過労死」 

残業を減らしても利益は増える?

これまでも、残業をしすぎると健康に悪いことは誰もが経験則的に理解していたはずですが、「労働時間減少=業績低下」という懸念が強く、企業の自助努力に任せるだけでは抜本的な変化は起こせませんでした。

しかし実は、そんな前途に光明を見出せそうなデータもあります。経団連が国内の400社を対象に行った調査によると、経常利益が増加している企業の時間外労働は2015年に年間259時間だったのが、2017年には255時間と減少傾向にあります。利益を増やしている企業でも、少しずつですが残業を減らしているのです。

出典:日本経済団体連合会「2018 年労働時間等実態調査」

また経済産業省は優れた健康経営への取り組みを行っている上場企業を「健康経営銘柄」として認定していますが、指定された企業の2005年から2015年までの時価総額はほぼ常に平均(TOPIX)以上で推移しています。銘柄への認定要件には労働時間の削減も含まれていますから、従業員が無理なく働きつつ高いパフォーマンスを発揮できる企業が少なくないことを示唆しています。

さらに「健康経営銘柄」と並行し、経産省では、民間でつくる日本健康会議とともに、大企業や中小企業を顕彰する「健康経営優良法人認定制度」を導入。今年3月には、AIGグループの5社を始め、大企業で820社、中小企業で2503社が認定されています。

写真AC:編集部

もちろん、これらの結果は調査対象となった企業の一時点での姿を現したものにすぎません。しかし職場環境で長年定着してきた「長く働くほど結果を出せる」との風潮から抜け出し、本気で残業を減らす意識づけの後押しにはなりそうです。

残業を減らした企業は何をしているのか?

とはいえ、実際に自社の残業削減をするには、あるいは働く人自身が残業を減らすには、現場レベルでどんな取り組みをすればよいのでしょうか?先進的な企業の具体的な取り組みをご紹介しましょう。

建設業の日本コムシス株式会社では、工事現場の管理責任者などリーダー職が長時間労働になりがちな課題を解決するために「退社時間計画トライアル」という取り組みを実施。1か月間にわたり、一部の管理職や現場でのリーダー職が、毎日の退社目標時間を社内ポータルサイトのスケジューラーに入力したところ、一般社員の7割、現場職の5割で、1カ月のうち半分以上の日数で退社時刻目標を達成したといいます。

トライアル実施前には6割超の社員が「締め切りや納期内に業務が終わらない」という不安を感じていたそうですが、実施中には「帰りやすくなった」との意見が多く聞かれ、業務が終わらないと感じた社員は3割未満だったこともわかりました。

出典:厚生労働省「働き方・休み方改善ポータルサイト」
https://work-holiday.mhlw.go.jp/case/
https://work-holiday.mhlw.go.jp/detail/0574.html

中小企業でも残業削減の成功事例が相次いでいます。東京都では毎年、従業員のワークライフバランスを推進する企業を「ライフ・ワーク・バランス認定企業」として10社ほどを表彰していますが、2018年度認定された企業のひとつが、電子部品、光学部品などを扱うコーデンシTKです。

東京に本社を構える同社は、出張先とオフィスとの移動を効率化するために、神奈川県厚木市にサテライトオフィスを設置。営業担当にはノートパソコンとスマートフォンを支給し、本社に戻らなくても仕事ができるほか、サテライトオフィスから直行直帰できるようにしています。さらに、出張先のエリアでカーシェアリングを利用することで、社用車を本社に戻す時間をカット。外回りの移動時間を削減し、業務の効率化を実現しています。

出典:東京都「ライフ・ワーク・バランス認定企業」
https://www.hataraku.metro.tokyo.jp/hatarakikata/lwb/ikiiki/nintei19/index.html
https://www.hataraku.metro.tokyo.jp/hatarakikata/lwb/07_kodenshi-tk.pdf

残業代カット分を給料に還元する企業も

しかし働く人にとって残業が減ることは、それだけ残業代の収入が減ってしまうことでもあります。残業代を頼りに家計をやりくりしていた人にとっては、働き方改革はありがた迷惑かもしれません。

そんな抵抗感を払拭するしくみを導入した企業もあります。よく知られるのが固定残業代制度で、実際の残業時間にかかわらず必ず一定時間分の残業代が支給されます。「みなし残業代」ともよばれ、ケースによってはそれだけ残業することを前提とした意味合いを持つ企業もありますが、近年は残業をしなくても残業代を受け取れる安心感を保証し、短時間で働くことを推進するためのしくみとして導入する企業が増えています。

さらには、残業カットの成果を直接従業員に「還元」している企業もあります。これは各メディアでも話題になっていますが(※)、都内でビル管理を行う三菱地所プロパティマネジメントは2017年度、2年前と比べて残業時間を30%カットし、浮いた1億8600万円分の残業代全額を、翌年度の賞与などとして社員に支給しました。また、部門全体の時間外労働が月間平均20時間以下、年次有給休暇取得率80%以上を達成した部門の全社員に、1人あたり最高6万円の報奨金を支給もしたそうです。

※参照
残業削減で浮いた1億8600万円を社員へ還元、働き方改革の「本質」を知る企業とは(ダイヤモンド・オンライン)
残業3割減、削った経費は給料で還元 三菱地所子会社(NIKKEI STYLE)

このように、残業を減らし短時間で働くことが、業務上のみならず収入面でのインセンティブになれば、従業員のモチベーションも生産性もよりアップするはずです。

来月には改元も控え、新しい時代の到来を感じさせます。今回の改正は、働き方改革が形だけのものにとどまらず、私たちの働き方も生活も、より豊かになるように実を伴う変化への契機にしたいものです。

加藤 梨里(かとう りり)
ファイナンシャルプランナー(CFP®)、健康経営アドバイザー
保険会社、信託銀行を経て、ファイナンシャルプランナー会社にてマネーのご相談、セミナー講師などを経験。2014年に独立し「マネーステップオフィス」を設立。専門は保険、ライフプラン、節約、資産運用など。慶應義塾大学スポーツ医学研究センター研究員として健康増進について研究活動を行っており、認知症予防、介護予防の観点からのライフプランの考え方、健康管理を兼ねた家計管理、健康経営に関わるコンサルティングも行う。マネーステップオフィス公式サイト


この記事は、AIGとアゴラ編集部によるコラボ企画『転ばぬ先のチエ』の編集記事です。

『転ばぬ先のチエ』は、国内外の経済・金融問題をとりあげながら、個人の日常生活からビジネスシーンにおける「リスク」を考える上で、有益な情報や視点を提供すべく、中立的な立場で専門家の発信を行います。編集責任はアゴラ編集部が担い、必要に応じてAIGから専門的知見や情報提供を受けて制作しています。