日本の科学技術、その復興に向けて:基本問題小委とりまとめ①

平成も幕を閉じようとする今月23日、昨秋から取り組んで来た自民党科学技術イノベーション戦略調査会「科学技術基本問題小委員会」(船田元委員長)のとりまとめ文書が、自民党・政審(政務調査会審議会)で正式に承認されました。

委員会発足当初、このブログでもご紹介した通り、「基本問題小委員会」は国際競争力の低下により深刻な危機を迎えている日本の科学技術、中でも低迷が著しい「基礎科学の振興」と、困窮し減少する「若手研究者の支援」などを柱に設立されました。

これまでに、本庶佑氏、山中伸弥氏、梶田隆章氏、大隅良典氏など5名のノーベル賞受賞者をはじめ、科学界・産業界を代表する20余名の方々を講師として迎え、現在の科学技術政策に関する問題点の洗い出しや分析、解決に向けた検討を続けて来ました。

委員会開催中は、基礎研究の重要性に対し懐疑的な議員から批判的発言や欠席が相次ぐなど、会の存続自体が危ぶまれる時期もありましたが、その度に本庶先生から頂戴した「有志竟成」の色紙と対峙し、(志があれば、必ずやり遂げられる!)と強く自らを鼓舞し、どうにかこうにか「とりまとめ文書」を書き上げるところまで、たどり着くことができました。

このように審議中は大変難航した委員会でありましたが、とりまとめ段階では幹部議員からも一定の理解を得ることができ、なんとか党本部から申し渡されていた期限内に審議・承認の運びとなりました。

今後は日本の科学技術の復興に向け、とりまとめ文書に盛り込んだ政策提言の実現を図るべく、「政府・骨太方針」や「科学技術白書」などへの反映に引き続き取り組んで参ります。

この「基本問題小委員会」は、今後も党本部で活動を継続しますが、基礎研究を重視した科学技術イノベーション政策の振興については、“令和”の時代からは超党派での展開も模索して参ります。

政・官の政策担当者に、研究、教育、医療、産業など各“現場からの声”を届けることを第一の使命として活動を続けて行きますので、今後とも宜しくお願い致します。

それでは、次の文章が基本問題小委員会の「とりまとめ」となります。

「プロローグ」と「本文」を、平成最後の日となる本日、「エピローグ」を令和幕開けのブログに掲載し、私の科学技術復興への“誓い”とさせていただきますので、少々長文ですがご笑覧いただければ幸いです。

《科学技術イノベーション戦略調査会  基本問題小委員会 とりまとめ》 2019.4.23

【プロローグ】

資源に乏しく超少子高齢化を迎えたわが国にとって、科学技術・イノベーション力とは、まさに「生命線」である。

にもかかわらずここ十数年間で、日本の科学研究力およびイノベーション力は、ほぼすべての分野で急速に国際競争力を低下させている。

研究論文の国際ランキングは質・量ともに下落。世界全体の論文数が2015年までの10年間で80%増加する中、日本は6%減と主要国で唯一減少し、人口当たりの論文数でも世界35位と先進国で最低となっている。

特に深刻なのが高被引用論文(Top10%)の国際シェアで、20年間で4位(1993~95年) から9位(2013~15年)へと大きく下落している。中でも、日本のお家芸とも言える「ものづくり」分野でこの7年間に、自動車が3位から6位、機械は3位から10位、土木は4位から16位に下落している。

人材面でも、大学院離れにより若手研究者が減少。人口100万人当たりの博士号取得者数は韓国の半分以下、先進国で最低レベルであり、科学技術人材の将来は危機的と言える。また大学の資金難から人手不足となり教育や事務に費やす時間が増える中、若手研究者が自律的に研究を実施できる機会も減少している。

研究生産性も、一部国立大学への資金の集中により多くの大学の研究現場が研究時間と研究資金の不足により疲弊したことを受け、低下している。同時に、知の厚みと言える科学研究力の“多様性”も危機に晒されている。

 

なぜ21世紀初頭、世界に冠たる科学技術立国であった日本の研究力がこれほど低下し、科学技術先進国の座からの失墜を、英誌『Nature』をはじめ世界から危惧されるまでに失速してしまったのか。その現状と主たる要因、解決策について産学の当事者たちからヒアリングを行い、調査検討を行なった。

【科学技術を取り巻く環境の変化】

<世界的な環境変化>

世界では、科学技術イノベーションの推進こそが経済成長のエンジンおよび安全保障の要諦であるとして、研究開発分野で熾烈な覇権争いが繰り広げられ、日本も日夜しのぎを削っている。

中国を筆頭に欧米や韓国など主要各国が競って政府による研究開発投資を増加させる中、日本は2001年以降ほぼ横ばいで推移。民間を含めた研究開発費総額は高水準を保っているものの、特に米中と比較した場合その伸びは小さく、両国との差が拡大しているのが現状である。

研究人材についても、2008〜13年の博士号取得者数の変化を見ると米国24%増、中国22%増に対し、日本は8%減と主要国が軒並み増加している中で唯一減少している。

また、情報処理スピードの加速化の恩恵もあり、近年、AIやゲノム編集など、様々な分野で研究開発から製品化までのスピードが急速に高まっている。しかしながら、世界の主要各国がAIを基幹産業と位置付け、国際競争力を高めるための戦略を策定する中、我が国はAI研究、社会実装、人材育成等で後塵を拝している。

<国内的な環境変化>

1.研究資金のシフト

科学研究予算について、主に次のような資金のシフトが図られたとの指摘がある。

⑴ 運営費交付金などの「基盤的研究費」から、「競争的研究費」へ。

⑵ 競争的研究費の中でも、費用対効果が算出しにくい「基礎的研究」から、短期的成果が得やすい「応用的研究」へ。

⑶ 「ボトムアップ型研究」から、「トップダウン型研究」へ。

そのような状況もあり、以下のような現象が生じている。

① 研究時間の不足

基盤的経費の削減にともない、大学教員の教務や事務等に従事する時間が増加。その結果、教員の職務に占める研究活動の割合は、2002~13年の間で11ポイント少ない35%に減少している。

② 独創的研究の減少

知的好奇心よりも競争的資金の確保を優先せねばならないことにより、「はやり」や「成果が直ぐに出やすい」研究が増加し、挑戦的・独創的な研究が減少している。

また、ニーズプル型の研究開発が奨励され社会や企業のニーズに合致した トップダウン型研究に資金が集中する一方で、ボトムアップ型研究への資金が減少し、独創的で画期的な研究が生まれにくくなっている。

③ 中堅大学の疲弊

競争的資金獲得競争は、設備面や人材面で優位に立つ一部トップ大学に有利に働く。米国やドイツなど主要先進国と比較しても、日本では研究費の上位大学への集中が著しいことがデータ的に示されており、大学間格差が顕著になってきている。

中堅上位大学の多くはトップクラスの大学に比して、研究者数当たりあるいは研究費当たりの論文発表数は多く、また、研究の多様性を担保してきたと言われる。しかし、現在は極度に疲弊し、存亡の危機に立たされる研究室も少なくない。その結果、国立大学全体としての論文生産性が低下している。

④ 若手人材の大学院離れ

40歳未満の研究者のうち任期付き雇用が6割強と増加する中で、キャリアパスや経済的不安から若手人材の「大学院(特に博士課程)離れ」が急速に進行している。

任期付き雇用の場合、次の職を得るための活動に時間が割かれることから、例えば5年の雇用であっても実質的に研究可能な期間は2年半程度という指摘もある。こうした不安定な雇用環境は、職業としての研究者の魅力を低下させることにつながっていると考えられ、この15年間で修士から博士課程に進む学生が半減するなど、研究のグローバル化が進む中で必須と言える博士号を有する若手研究者の確保は危機的状況にある。

⑤ 知の多様性の減少

知的好奇心に基づく基礎研究は多様なシーズを生み出す源泉であるが、近年競争的資金を獲得しにくい状況にあり、研究規模の縮小を余儀なくされている。その結果、淘汰・絶滅の危機に瀕している分野もあり、「知の多様性」が失われつつある。

2.国際性の低下

近年、日本人留学生の数が減少、特に3か月以上の中長期の留学については激減している。また、海外から受け入れる研究者数も伸び悩んでいる。さらに、諸外国が二国間・多国間の研究ネットワークを着実に構築する中、日本は出遅れており、国際共著論文の割合も低くとどまっている。

3.政策体制のシフト

科学技術政策の司令塔である総合科学技術イノベーション会議(CSTI)の主眼が、科学から経済に移行しつつある。当初は複数の科学者を含め4名だった常勤議員も、現在は科学者でない1名に減少し、また議員の専門分野や帰属先についても、AMED との関連もあり工学系や応用系重視の傾向が強くなっている。

その一方で、経済力の源であるイノベーション力は低下し、例えば世界経済フォーラムのイノベーションランキングで、2012年の1位から21位へと急落している。

【研究力低下の主な要因】

1.研究費配分システム

① 基盤的な研究費の絶対的不足

基盤的経費である運営費交付金がピーク時よりも1割強削減されたことにより、短期的には成果の見えにくい基礎研究に振り向けられる資金が減少しているとの指摘が多い。またそれに携わる若手研究者の多くが任期付き雇用となり、安定した研究環境が得られなくなった。

研究生命を維持し得る健全な基盤環境がないところに、豊かな研究成果やイノベーションは実らない。

② 科研費の低採択率と使途の限定

競争的研究資金の要である科研費補助金は毎年少しずつ増加しているが、基盤的経費の削減により応募数も増加傾向にあり、採択率は20数%にとどまっている。

また一部で基金化がなされているものの、多くの科研費では年度毎の使い切りが原則で繰り越しができないため、不足する基盤的経費の補完的機能を果たせていない。

③ 競争的資金における支給期間の短さ

研究費獲得のための事務作業は欧米でも研究者の重要な業務の一つとして認識されているが、日本の研究費は支給期間が短期なものが多い。そのため、研究者は申請書類作成と審査論文の評価業務に間断なく追われることとなり、研究に充当する時間が減少している。

④ ボトムアップ型研究とトップダウン型研究のアンバランス

昨今は、短期間での研究成果を重視する傾向から、研究者の自由な発想によるボトムアップ研究よりも、目的志向型のトップダウン研究に焦点が当てられ、研究資金もシフトしていると指摘されている。

そうした中、ほぼすべての分野における研究およびイノベーションの国際競争力は低下している。

⑤ 成果を上げたプロジェクト研究における継続性の欠如

プロジェクト研究において成果を挙げた研究テーマであっても、プロジェクト終了とともに打ち切られることがあり、せっかく投じられた国費が生かされていない。

2.評価体制

① 適正な評価者の不足

評価業務を担わされた研究者は自身の研究時間やプライベート時間を削って評価を行わなければならず、しかも日本では欧米のように評価者としての実績が自身の評価やキャリアアップにつながらない。また、審査論文に対する評価者の絶対数も不足している。

そのため、評価を行うための指標として著名研究誌への掲載歴などが偏重され、評価者の専門分野と審査論文のミスマッチが生じるなど、結果として評価精 度が低下している。

② 大型プロジェクト研究における中間・事後評価の不徹底

ImPACT、SIP、PRISMなどの大型研究プロジェクトにおいては、事業中の進捗状況管理が十分とは言い難い。

また、事後評価がプロジェクト終了から半年後に実施されるため、継続すべきプロジェクトが継続できず、逆に成果が出なかったプロジェクトと同種の研究課題が新規に採択されるなど、効果的・効率的な研究投資が行われていない。

3.大学の閉塞的・封建的な構造や体質

国立大学の法人化後15年が経過しているが、依然として学外に対して閉鎖的であり、学内にあっても硬直的な部分が残り、①人事および資金配分の硬直性、②若手研究者の自律的研究機会の不足、③国際性の不足、④学際的分野の成長力不足、⑤女性研究者に対する環境整備の遅れと絶対数の不足、⑥オープンサイエンスへの抵抗など、多くの課題が指摘されている。

4.政策への科学的知見者による助言の不足

CSTIなど科学技術・イノベーション政策立案・助言機関において、自然科学分野の研究者の割合が減少し、また専門分野も応用科学に偏っている傾向にある。

また、科学技術政策を担当する官庁において、研究開発に精通した専門職(技官など)が少なく、政策担当者と研究現場間で情報共有をはかるシステムも整備されていない。

5.挑戦力・リスクテイク力の不足

研究費の不足から、競争的資金を集めやすい「はやり」や「成果の出やすい」研究が増加し、研究者の挑戦的マインドが減退している。産業界においても、各国企業のリスクテイク指数を見ると、米国8.8ポイント、英国7.1ポイントに対し日本は2.2ポイントと主要国中最低で、また、日本は欧米に比して単年度の赤字回避を重視し、研究開発投資を削減する傾向が強いという調査結果もある。国、産業界双方に、中長期的な視野よりも短期利益を重視し、リスクを回避し必要な投資を行えていない傾向がある。

【実施すべき施策】

1.研究資金システムの抜本的見直し

① 科研費の増額および基金化

現在の科研費の採択率は平均で2割強と狭き門になっている。当面は採択率3割を目指し予算を増額すべきで、特に萌芽的な研究や若手研究者、女性研究者に対しては、厚く支援を行うべきである。

出産や海外留学などで研究を中断せざるを得ない場合にも、復帰後に研究費が再開されるよう、先般、制度改正がなされたように、さらに使い勝手の良い研究費にするための改革を実行すべきである。また、柔軟な執行を可能とするための基金化をさらに進めるべきである。

② 研究基盤を維持しうる基盤的な研究費の確保

国からの運営交付金の見直し、大学内の資金配分の再検討、外部資金獲得に向けたシステム構築などを早急に進め、研究の芽が育ち成果が実る健全な研究基盤を、一日も早く復興せねばならない。

国立大学のガバナンス強化による運営面の効率化や硬直性の是正、人事・給与改革は必須だが、研究現場の実態を把握せずに改革を進めることにより、 研究基盤自体が衰退もしくは破壊されてしまっては、元も子もない。政府は大学の外部資金獲得に向けた思い切った環境整備をまず進め、運営費交付金については研究基盤が損なわれないよう増額、少なくとも維持すべきである。

また、構造的に競争的資金を集めにくい中堅以下大学においては、学会等の評価によって存続価値を認められた研究室に最低限の研究費を保証するなど、大学内の基盤的経費の配分時のルールを設けることも重要である。

③ 中長期的視点に立った研究投資バランスの構築

ボトムアップ型研究は裾野の広い投資を行うため、トップダウン型研究と 比較し短期的な投資効率は低いが、結果として多種多様なシーズが蓄積され、その結果として予想もできないような莫大なリターンをもたらすこともある。

トップダウン型研究とボトムアップ型研究の資源配分のポートフォリオを、多様な評価指標を総合して定め、中長期的な視点に立った、バランスのとれた研究投資のあり方を構築すべきである。

④ 大学間格差是正に向けた競争的資金制度の検討

競争的資金の採択においては、研究者の所属や地位、共同研究者や研究機材といった研究環境の違いが大きく影響し、資金に余裕のある大学に研究資金が集中する傾向にある。また、申請のプロセスが複雑であると、それに対応できる事務体制を整えていない大学の研究者は応募が難しくなる。

このような大学間格差の是正に向け、競争的資金制度のあり方や、是正措置などについて早急に検討を行うべきである。

⑤ 研究分野の特性に適した資金配分

研究分野によって、資金を投入するタイミングや金額、成果が出るまでの期間などは大きく異なる。少額を長期間必要とする分野と、短期に集中して投入せねば実用化に至らない分野は峻別し、分野毎の特性に適した資金配分となるよう配分方法を検討すべきである。

⑥ 応用研究予算の効果的・効率的投資

開発者の経済的利益に直結しやすい応用研究に国費を投入するにあたっては、研究開発の成功時に支援を受けた研究費を返納する制度を導入するなど、健全な資金の循環の仕組みを検討すべきである。

また民間企業に対する研究投資においても、自助努力を妨げるような大企業への資金投入はやめ、先進的な研究開発を行う中小・ベンチャー企業に対し資金投入すべきである。

2.評価制度の適正化

① 適切な評価者(目利き)の確保・育成

評価者として適切な専門性と経験を有する人材確保のため、欧米のPO(プログラム・オフィサー)・PD(プログラム・ディレクター)制度にならい、身分や待遇を改善することにより必要な人材を確保すべきである。この際、現役の研究者以外にも、定年や諸事情により研究職を離れた、研究経験と優れた眼力を有する博士人材を活用することが重要である。

② 大型プロジェクト研究における選考過程における公平性・透明性の確保

大型研究プロジェクトには国民から託された巨額の国費が投じられている。これに鑑み、研究テーマやプロジェクト・リーダーの選考にあたっては、他の競争的資金にも増して、利益相反等に留意して公平性・透明性を確保しなければならない。

そのためにも選考過程を記録した議事録を作成し、公開することが必須である。即時の公開が難しい場合も、時期を置いて公開し、選考における責任の所在を明確にすることが肝要である。

③ 大型プロジェクト研究における中間・事後評価の徹底

巨額の国費が投じられる大型研究プロジェクトにおいては、ステージゲート方式など適切な中間評価を実施し、成果が望めそうもない研究に対しては早めの方針転換を促さねばならない。

また事後評価の適正化・厳正化を図るため、その評価者の選定にあたっては、当該プロジェクト実施者との利益相反関係を適切に管理した上で専門家を選出し、選定過程の詳細について公開しなくてはならない。

事後評価の時期については、プロジェクト終了後では継続か打ち切りかの判断には役立たない。JST やNEDOの大型プロジェクトでは終了前に評価を行い、継続か打ち切りかを判断し、切れ目なくプロジェクトを継続させている。継続すべきプロジェクトが継続でき、継続してはいけないプロジェクトが新規採択されないよう早急に工夫を図るべきである。

なお、評価結果について広く疑義が寄せられたプロジェクトについては、新たな評価者による再評価を実施すべきである。

④ 評価指標の適正化・多様化

研究開発の評価に当たっては、短期的評価指標と中長期的評価指標の双方での評価を原則とすべきである。また、産業的指標や国際ランキングといった単一の指標のみで評価せず、文化的側面や幸福貢献度といった多様な評価指標を用い、多角的に評価することが重要である。

⑤ 議会における科学技術政策評価の徹底

議会は行政の行為をチェックする機能を持つ。科学技術政策はこれまでも 衆参両院の各委員会で議論されているが、推進に向けた議論が中心のため、政策評価という機能を十分に果たしているとは言い難い。

省庁横断的に、科学技術政策や研究開発事業を総合的にチェックする政策評価機関を設置、もしくは科学技術政策を所管する委員会における評価機能の強化を図るべきである。

3.若手・女性研究者の人材確保

経済的困窮やキャリアパスの不安から、研究者を志す若者が減少し、明日の科学技術を担うべき人材が枯渇することより深刻な危機はない。

任期付き雇用により、若手研究者が多様な研究環境を経験し人脈を広げるというメリットも、雇用の安定化やキャリアパスの明確化がはかられ、必要な人材が確保されてこそ活かされる。研究者の生活基盤整備は、質が高く独創的な研究成果を生み出すことにも直結しうる。

具体的には

① 任期付き雇用から任期なし雇用へのシフトをよりスムーズにするテニュアトラック制度

② 留学経験者へのインセンティブ付与(中国の「海亀政策」のような新制度の導入)

③ 出産・育児などで研究活動の継続に支障をきたす女性研究者の積極的な支援制度

などを早急に実施すべきである。

4.研究資金の多様化

我が国の厳しい財政状況に鑑みれば、研究資金の多様化を図ることが重要である。

そのため、企業と大学・研究機関との共同研究に際し大学が資金管理の透明化を図ることを前提に、間接経費を企業が十分に支払うことを規定し、そのための環境整備を推進すべきである。

また、寄付文化が根付いていない日本においても研究開発への寄付が進むよう、シンガポールの研究開発等特別寄付控除などを参考に、研究開発に特化した大胆な寄付税制を検討する必要がある。なお寄付促進においては、クラウドファンディングなど多様な手法の活用を推進すべきである。

5.アドミニストレーターの育成・確保

拠点となる大学や研究機関には、他の先進国にならい博士号を有したアドミニストレーターを配置し、研究者と同等以上の処遇をすべきである。

アドミニストレーターは個々の研究の進捗状況の評価やアドバイスを行うとともに、応用・実用化に向けた企業や行政機関とのコーディネート(橋渡し)など、研究に投じられた国税から最大のベネフィットを社会に還元するため、基礎研究から実用化・産業化に至るまで研究マネジメント業務全般に従事する。

この際、個々のアドミニストレーターには可能な限り多くの裁量権を与え、迅速な意思決定が行われることも重要である。

6.大学の閉塞的構造・体質の改善

国立大学の法人化により、運営の効率化や学長のガバナンス強化が一定程度図られて来たが、なお人事・給与面など閉鎖的・封建的な部分が残る。研究活動を 活性化し、産学連携の成果を社会に還元するためにも、運営費交付金の傾斜配分 基準に人事・給与など各制度面の改革度合いを重視するなどして、一層の改革を 進めるべきである。

7.初等中等教育における「科学する心」や「イノベーション・マインド」の育成

科学に興味を持つ子どもたちを増やしていくことは、将来、アカデミアを担う人材の育成・確保の観点だけでなく、“知”を尊ぶ文化を社会に醸成していく観点からも重要である。初等中等教育においては、未だ知識詰め込み型の授業が多く、自然観察や実験の時間が削られがちである。トップレベルのSSH指定校ではもちろんのこと、日本のあらゆる地域でSTEAM教育をより積極的に推進し、若者の「科学する心」や「イノベーション・マインド」を育成しなければならない。

8.アカデミーの発信力強化

日本のアカデミーは、研究分野や学会の垣根を超え、日本の学術発展はもとより、普遍的な真理の探究や地球規模での社会環境の改善に貢献し得る、統一した ビジョンや提言を明確に国内外へ向け発信すべきである。その上で、政策提言機能を強化し、日本の科学技術・イノベーション政策の基盤を根底から支える存在となるべきである。

9.「戦略的政策体制」の構築

世界に先んじて迅速かつ的確な科学技術政策を発動・実行するためには、明確な社会ビジョンに基づき、研究開発から実用・産業化までを俯瞰した「戦略的政策体制」を構築することが不可欠である。

国内外から科学技術イノベーション各分野の叡智を結集し、事務局を含め抜本的な人財強化を図った上で、次のような措置が必須である。

① 世界的な研究開発動向のより正確で迅速な把握と、それに基づく未来予測を行えるよう、関係省庁の調査分析機能を集約し、一元的な「調査分析機関」を設置

② 学会・産業界など各分野を横断しての広範な知識と広い視野、公平・公正な  判断力を有した者による、一元的な意思決定体制の構築

③ 政官における意思決定システムおよび責任の所在の明確化

こうした戦略体制のもと、最新の世界動向と日本の特性(強み)を重ね合わせながら、国際競争を勝ち抜ける現実的な戦略とロードマップを早急に策定、実行すべきである。

とりわけ、既に危機的な状況にある若手人材の確保・育成については、将来各分野で必要となる研究開発人材の規模を割り出した上で、できるだけ迅速に必要な措置を実施すべきである。


編集部より:この記事は、畑恵氏のブログ 2019年4月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は畑恵オフィシャルブログをご覧ください。