乗り遅れる日本企業
令和の時代を迎え、平成の30余年を総括・俯瞰して、日本企業の凋落を嘆く論説が多いようです。そこで、良く引き合いに出されるのが、世界企業の時価総額ランキング。平成元年には日本企業がトップ5を独占(NTT・日本興業銀行・住友銀行・富士銀行・第一勧業銀行)、上位50社でも32社を占めていたのに、平成30年ではそれがトヨタ自動車1社になったと。
これは日本企業が縮んだのではなく、IT革命の波に乗れずに停滞したのだと。事実、平成30年のトップ5はいわゆるGAFA(グーグル・アップル・フェイスブック・アップル)+マイクロソフトと米国の新興IT企業だと。
先日放送されたNHKスペシャル『平成史スクープドキュメント 第8回情報革命 ふたりの軌跡 ~インターネットは何を変えたか〜』もそのような論調で、ファイル共有ソフト「Winny」を公開し、「情報」の所有/非所有の関係を一気に変えようとした金子勇氏が、当局に逮捕・起訴され、志半ばで亡くなったことを象徴的に取り上げていました。私もWinnyは良く使いました。
確かにいち早くFelicaを実装したお財布ケイタイを世に送り出したNTTやパソコンで一斉風靡したNEC・富士通あるいはウオークマンやSonicStageを開発したソニーといった大企業が、結果的にIT革命の波に乗れなかったことは事実です。大企業の保守的思考、遅い規制緩和、既得権益を打破しようとするベンチャー企業や新規参入者への冷遇(例えばホリエモンそして金子氏)。それが、日本国としてIT革命というパラダイムシフトに即応できなかったのは事実として厳粛に受け止めなければいけないでしょう。
変容し続けるIT革命
しかし、だからといって、将来もずっとGAFAは勝ち続け、日本は負け続けるというメディアに蔓延する総悲観論は正しくないと私は強く思います。何故かというと、IT革命はまだ始まったばかりで、まだまだ革命は終わらず、世界を取り巻く環境は激変し続け、ゲームのルールは変わり続けます。
きちんと時代の流れを先読みして、正しい手を打っていかないとGAFAとて安閑としてられないというのが私の読みです。だとしたら、日本勢には勝機はゼロだということにはならないでしょう。
それでは、IT革命は今後どのような道筋を辿るのでしょうか?これからの20年、いわばIT革命2.0を一言で言い表すと、それはIoTすなわちモノのインターネット(Internet of Things)時代の到来です。逆に、1990年代後半からの25年をIT革命第1章として、それに敢えて名前を付けるならばヒトのインターネットの時代です。アマゾンのEコマースにしても、アップルのi Cloudやi Tunesにしても、グーグルの検索システムにしても、フェイスブックのSNSにしても、そこでは人と人のやり取りを仲立ちすることがその本質です。そこでやり取りされる交換物は、テキスト・画像・動画です。
GAFAは優れたUI UXと企業戦略で、ヒトとヒトのコミュニケーションの仲介役として圧倒的な地位を築きました。そこで、得られた利用者の個人データがビッグデータとなり、AIによって解析されて行きます。
しかし、それがIT革命2.0、すなわちモノのインターネットの時代における継続的な勝利を担保するものではないのです。世界の人々の個人情報を得ても、それを「なにに紐付ける」かによって、付加価値は変わっていきます。だから、彼らは「モノ」へのリーチという先行投資を惜しみません。Google(アルファベット)のウェイモが一番象徴的で、多くの企業は自動運転を中心とした、モビリティへの参入を狙っています。モノと人のデータの紐付けがその目的です。
CASEとMaaS
人の判断を介さない、自動車と交通システムの5G通信網を使ったデータのやり取りはモノのインターネットの時代の象徴的存在です。
この潮流をいち早く察知した、ダイムラーAG・CEOでメルセデス・ベンツの会長を務めるディエター・チェッチェ氏が2016年にパリモーターショーにおいて、同社の中長期戦略の中でCASEという概念を提唱しました。CASEとは、Connected(コネクテッド)、Autonomous(自動運転)、Shared & Services(シェアリング)、Electric(電気自動車)の頭文字をとった造語です。
このCASEは、何も自動車業界だけの話ではありません、インフラ・製造業のバリューチェーンにおいても幅広く当てはまります。例えば、私は株式会社電力シェアリングというベンチャーを立ち上げて3期目に入りましたが、電力業界も、広い意味でCASEが当てはまります。分散した再生可能エネルギーの仲介者を介さないP2P取引(Dis-Intermediation)、中央集権的な送配電網の末端(配電網)での自律運転化、ブロックチェーンを用いたデジタル化・データ化が進んでいます。
弊社も、2020年には既にブロックチェインを用いた取引プラットフォームの完成し、早期のサービスインを図っています。
自動車業界に話を戻すと、CASEを敷衍して、最近ではMaaSがバズワード化しています。MaaSとはMobility as a Serviceの略で、日本語にすると「サービスとしての移動」となります。個々人の移動を最適化するために様々な移動手段を活用し、利用者の利便性を高めるものです。そこでは、公共交通機関も重要な役割を図る一方、カーシェアリングが重要な役割を占めるだろうと予想されています。
交通手段の共有化で思い出すのが、中国のシェア自転車ですが、Ofoの経営危機など一時の趨勢を完全に失って、「問題児」化しています。日本のメディアも中国躍進の象徴的存在の一つとして、散々持て囃しましたが、あっという間に斜陽産業化してしまいました。
CASEのうちCとAはAIによるデータドリブン、Eは蓄電池・モーター・組み立てドリブン、いずれもテクノロジーの覇者が力を握るでしょうが、S=シェアリングに限っては、テクノロジーだけで決まるものではありません。そのビジネスモデルの成否は利用するユーザーの国民性に強く依拠するというのが私の考えです。
シェア経済に優位な日本市場
中国や米国でシェアビジネスがまず開花したのは、社会が性悪説を前提に成り立っているから、そのチートをテクノロジーで防ぐ、そうしたテクノロジー(遠方での鍵の開閉や少額決済など)が実用化されて初めてシェア・ビジネスが成立したわけです。しかし中国のシェア自転車の失敗は、テクノロジーが社会性・国民性を超克するに至らなかったことによるのでしょう。
一方、明らかに集団志向、国民の意識の均一化志向の高い日本は、相手がチートしないという前提で、すなわち性善説で社会システムが成り立っていて、それが故にシェア・ビジネスとの親和性が高いと私は考えます。例えば昔あった、駅の置き傘は無料でのシェアリングですし、公衆浴場も風呂のシェアリングで、当たり前に社会に包摂されていたわけです。
だからと言って、中国のシェア自転車のビジネスモデルを工夫もなくただ日本に当てはめようとしても上手く行くというわけではありません。現にいくつかの中国企業は撤退し、日本企業も宣伝効果以上の成功話は聞こえていません。
だから、ビジネスモデルをより研ぎ澄ませる必要があります。そうすれば、CASEの欠け得ぬピースであるSは日本市場が成功しやすく、それに残りのCAEが引っ張られて行き、最後にはガラパゴス日本で培養されたビジネスモデルで世界のデファクトを取る可能性は少なからずあるのではないでしょうか。
DeNAのAnyca(エニカ)
そこで注目したいのがDeNAのAnyca(エニカ)です。以下ビジネスジャーナルの記事の引用です。
カーシェアリングは、手軽に自分の使いたい時だけクルマを使用できるというものだ。日本におけるそのパイオニアは、時間貸駐車場を運営しているタイムズ24による「タイムズカープラス」だが、最近では自動車メーカーも参入し、トヨタが24時間利用可能なカーシェアサービス「トヨタシェア」の実証実験を始め、また日産は電気自動車を使用した「e-シェアモビ」を展開している。
これらのカーシェアは、運営会社が用意したクルマを不特定多数のユーザが利用するカーシェアリングだが、こうしたサービスとは一線を画しているのが、株式会社ディー・エヌ・エー(以下、DeNA)が運営している「Anyca(エニカ)」だ。Anycaの特徴は個人間によるカーシェアリングサービスで、クルマを所有している人が、自分の使用しない時間に個人にクルマをシェアするというもの。
2015年にサービスインしたエニカの会員数は既に20万人以上、登録台数も7000台以上に登るといいます。DeNAは、大企業ではあるがベンチャースピリットの高い、イノベーションを起こしやすい社風です。
今年の2月にはSOMPOホールディングスと業務提携を発表、貸す側と借りる側の顧客チャネルの開拓としても、所有から利用へという車のサブスクリプション化による自動車保険加入者の減少を懸念する損保会社のリスクヘッジ化という意味でも筋の良い一手を打っています。
テスラ社の「ロボタクシー」
一方、米国テスラ社は自動運転によるライドシェアを実現する「ロボタクシー」計画を先月発表しました。米国メディアの間でその賛否が話題となっています。(以下Electrec社の引用)
As part of Tesla’s presentations about their progress toward full self-driving, the automaker unveiled its ‘Robotaxi’ plan for a self-driving ride-sharing network with its electric cars to be activated as soon as next year with an over-the-air software update.
自動運転(A)により、クラウドの指示により(C)、電気自動車(E)がシェアリング(S)を実現するという、イーロンマスクらしい、技術先行のマッチョな計画です。しかし、私の申し上げたいのはCとAとEが出来れば、Sが自動的に出来上がるというものではないというところです。
ちなみに、もしこれが実現するなら、「動く蓄電池」が電力を必要とする需要家に電気を配給する、つまり配電ネットワークの流動化・無線化をもたらすという意味で、電力システムの激変をもたらし、電力シェアリングの傾向が進むと思われます。
何れにしても、DeNAのAnyca(エニカ)とテスラ社の「ロボタクシー」は潜在的競合相手です。皆さんはどちらが勝つと思いますか?あるいはGAFAが割り込んでくると思いますか?私は、日本勢の勝機が十分にあると思うのです。
酒井 直樹
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