2020年電力完全自由化。発送配分離は正しい選択か?

酒井 直樹

オリンピックイヤーの2020年、送配電部門の法的分離により電力自由化が完遂されます。国営の電力公社を発電・送配電・小売部門を切り離してそれぞれ民営化するいわゆる電力自由化は、1980年代初頭のサッチャー政権下で始まり、欧米や多くの新興国に広がりました。それが約40年の年月を経て日本に巡ってきたわけです。(ただし日本では電力会社はもともと民営)

当時、長く続いた労働党政権下での英国経済の沈滞は、多くのインフラセクターの国有企業で労働組合の力があまりにも強く、結果労働生産性が低かったことが要因の一つでした。そこで、労働党から政権を奪還した保守党のサッチャー首相は、多くの国有企業を民営化し、競争原理の導入を図ります。ですから、大きな会社を切り刻んで、労働組合を弱体化することが、電力自由化の主目的であったと言っても過言ではありません。

では、どうやって切り刻むかといえば、一番手っ取り早いのが、発電・送電・配電に「横スライス」して、ローカルな配電会社はさらに分割することでした。しかし、もちろん労働組合の弱体化だけではなくて、当時、この、ピラミッド構造を横スライスは、それなりの合理性を伴っていました。

ところが、その後電力セクターでは事業環境が激変する大きな波がいくつも訪れます。

第一の波は2000年ごろから始まった太陽光発電などの再生可能エネルギーの興隆です。再生可能エネルギーの本質は分散の合理性です。

それまでの発電所には規模の効率性があって、大きければ大きいほど合理的でした。大きな発電所で作った電気を全国に大動脈のように張り巡らせた高圧送電線でロスを少なく送り、徐々に電圧を落として、最後は6000ボルト程度の毛細血管のような配電線で送り、家庭に届ける。そうしたシャンパンタワーのようなピラミッド構造が意味を持っていました。

しかし、規模の効率性の原理があまり働かない再生可能エネルギーが合理性を持つということは、電源は需要地に近い方が送電線を敷設しなくて良い分、効率的で、こうしたピラミッド構造は必ずしも意味をなさなくなってきました。

ところが、電力自由化でピラミッドを横スライスして、別々の会社が運営するようになってしまったので、この構造にもう一度メスを入れることは非常に難だったのです。すなわち、再エネという分散型電源は広くあまねくたくさん敷き詰めなければいけないのに、中央集権的な電力システムの構造変革は不可侵ということになります。ある意味で、発送配分離は、合理性の薄れたピラミッド構造を固定化してしまうという副作用をもたらしました。

そして従来のシステムはそのままに、分散型の再エネを無理やりはめ込もうとしたので無理が生じました。例えば太陽光発電は、規模の効率性はあまり働かないのに、既存の発電所と同等に一箇所に無意味にパネルを敷き詰めた大きなメガソーラーを作るか、電力システムの向こう側、すなわち住宅の屋根に置くかの二択になってしまったわけです。本来は、中くらいの発電所をグリッドシステムの中に置くのがちょうどよかったのにです。

しかし、そうは言っても、上から下への一方向の電力システムの中に、逆方向の電気を流すと大変複雑な系統管理が必要となるので、2000年代においては、それはなかなか難しいことでした。

ところが、そこに2015年くらいから次の大波が押し寄せます。それはデジタル化です。

ITからIoTへの移行に伴って情報管理技術が格段に向上します。ですので、自律的に分散型の電力システムを形成して管理することが格段に容易になりました。太陽光発電は、住宅の屋根かメガソーラーの二択という時代ではなくなってきました。

すなわち、送電・配電の各電圧階層に地域の実情に応じて再エネ電源を埋め込み、系統をIoTで管理することが可能になったわけです。図に表すと、以下のようになります。

高圧送電線を長々と引っ張るよりも、配電線の中に再エネ電源を埋め込んで、Behind The Meter (BTM)と言って需要家の敷地内にも再エネ電源と蓄電池、電気自動車によって地域のセルごとに自律運用することの方が合理的な時代がやってきたのです。場所によっては横スライスより縦スライスが合理的という状況が生まれています。特に少子高齢化と人口減少時代を迎えたわが国では地方部の過疎地域ではなおさら「縦スライス」の効用が高まっています。

こうした中で、いち早く分割・民営化したドイツや英国では、40年の時を経てネットワークの再公有化を求める声まで出てきています。例えば5月16日のBBCニュースは「労働党、ナショナルグリッドの国営化と地方自治体への運用移管を要求」と報じています。

このような世界の事情に鑑みれば、昔ながらのピラミッド構造を前提とした全国一律の方策よりは、地域の実情に合わせてシステムをカスタムメイドで作っていく、そんな柔軟な電力システムの形成が求められているといえましょう。

 

株式会社電力シェアリング代表 酒井直樹
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