メキシコ市民が中米移民に手のひら返し、強まる排斥運動

昨年10月に中米ホンジュラスから2000人余りが米国への移民を目指して北上を開始した。貧困や暴力による窮状から抜け出す為の脱出であった。彼ら移民集団をメディアでは「キャラバン」と呼ぶようになった。米国に向かう移民はこれまで長く存在している。しかし、集団で移動するというは初めてのケースで好意的に注目を集めた。

彼らが一旦メキシコに入国すると、メキシコ市民は彼らに支援の手を差し伸べた。彼らが寝泊まりできる場所も用意し、毛布や食料なども支給した。最初のキャラバンに続いて、その後もホンジュラス、そしてエルサルバドルからキャラバンが編成されて、4500キロの同じ行程を歩んだ。

ところが、最初のキャラバンから6-7カ月が過ぎた今、メキシコ市民の間で彼らを排斥する動きが活発になっているのである。移民が急増して治安が悪くなり、犯罪も増えたというのが理由だという。特に、米国との国境都市ティフアナ市では一時は到着した移民が9000人から1万人と市内に溢れ、地元市民の生活秩序も乱され、移民と喧嘩する事態にも発展した。街も汚れ、地元市民は彼らを豚呼ばわりするようにもなっていた。

elsalvador.comより引用:編集部

地元市民との衝突から移民を毛嫌いして排斥しようとする動きは当初、米国と国境を接する移民が集合する都市に限定されていた。しかし、北部の都市で移民と地元市民との衝突などが社会問題としてメディアで報じられるようになると、メキシコの全国レベルで移民を毛嫌いする雰囲気が次第に生まれるのである。

メキシコ紙『El Heraldo de México』(4月21日電子版)が移民の入国についてメキシコ市民の意見を報じている。それによると、83%の市民が移民の到着は問題を生むことになると答えた。問題を生むと考えている市民の29%が犯罪が増える、21%が貧困が増える、21%が社会サービスが麻痺するようになる、15%が社会的不平等が増幅されると答えたそうだ。(参照:heraldodemexico.com.mx

世論調査センターのオルランド・フローレス調査員が同紙に明らかにしたのは、この世論調査を実施した目的は、米国に移民するメキシコ人とメキシコに入国する中米人について、メキシコ市民がこの二つの移民をどのように受け止めているかということの比較をするためだったという。

米国に移民するメキシコ人の米国での受け入れ体制は良くない。ということで、社会保障を受けることが出来るようにすべきだ、仕事に就くことも容易にすべきだというのがメキシコ市民の意見であるのに対し、中米からメキシコに入国する移民に対しては就労の機会は与えるべきではない、政府は彼らに職場を提供する義務はないというのが同じメキシコ市民の意見だというのである。中米人に仕事の機会を与えると彼らはメキシコに在住するようになって治安などが悪くなる。そのように考えて、メキシコ市民は中米からの移民を嫌っているということなのである。

キャラバンが生まれた昨年10月には、中米人を排斥しようとする意見はなかった。僅か半年を少し経過しただけで、多くのメキシコ市民の意見が180度変化したのである。
(参照:heraldodemexico.com.mx

その典型的な例は、米国と国境を接するティフアナ市のフアン・マヌエル・ガステルム市長が市長は中立的姿勢を保つべきであるにもかかわらず、中米の移民者を「麻薬常習者だ」と呼び、キャラバンの移民の中には暴力をふるう者もいるとして、「市民の安全にとって彼らは危険だ」と指摘したのであった。(参照:sinembargo.mx

昨年12月に就任したアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(アムロ)大統領は当初、一時的就労ビザを中米からの移民に提供していた。しかし、トランプ大統領からの圧力もあって彼らが北上するのを阻止しようとして、移民局は4月22日にも北上していた300人を拘束するという出来事もあった。

拘束した理由を北部では治安の乱れがあるからとしている。現在、メキシコ政府は移民をグアテマラとの国境に滞留させる構えでいる。或いは入国しても本国に送還する構えを見せている。(参照:elsalvador.com

実際、4月半ばの時点で移民収容所で確認されている5336人に対し、1500人が本国への送還の為の待機中だとされているそうだ。(参照:resumenlatinoamericano.org

また、彼らが通過するメキシコの地方都市でも、自治体そのものが暴力沙汰の要因になるとして彼らの通過を阻止する動きも発生しているという。
(参照:estrategiaynegocios.net

中米から今もキャラバンが北上している。米国への移民を望んでいる人にとって集団で移動すれば警察などから尋問を受けて拘束される可能性も少なくなり、また一方犯罪組織も混じって彼らを利用しようとしてはいるが、比較的安全に北上できる可能性が高いというわけである。

しかし、メキシコはグアテマラとの国境のコントロールをこれまで以上に厳しくしており、移民を希望する人たちにとって北上は次第に難しくなっている。そうかといって国に留まっても、仕事はなく貧困に喘ぎ、暴力組織からの恐喝や犯罪に怯えながらの生活を続けることは容易ではない。

白石 和幸
貿易コンサルタント、国際政治外交研究家