財政赤字は「将来世代へのツケ回し」か

池田 信夫

財政制度審議会の「令和時代の財政の在り方に関する建議」が政府に提出された。そこでは平成時代に政府債務が激増したことを強く批判し、次のように書いている。

現在の世代の受益と負担の乖離やその結果としての公債残高累増が意味することは、こうした将来世代へのツケ回しに他ならない。[…]当審議会は、昨秋の建議において、負担の先送りによってもたらされる悲劇の主人公は将来世代であること、そして将来世代を悲劇から守る代理人でありたいという姿勢を明確にした。

こういう使命感はわかるが、政府債務は「将来世代へのツケ回し」なのだろうか。

一見それは自明のようにみえる。財制審もいうように「将来世代のうち国債保有層は償還費・利払費を受け取ることができる一方、それ以外の国民は国債費の増大による社会保障関係費等の政策的経費の抑制や増税による税負担のみを被ることとなりかねない」からだ。

しかしこれは国債を税で償還する場合である。もし国債を永久にゼロ以下の金利で借り換えることができれば、将来世代の負担増は発生しない。ゼロ金利だと財政赤字の純増分は債務残高が増えるが、マイナス金利が毎年の赤字を超えると総債務は減り、将来世代は利益を得る。

これは非現実的な話ではない。日本の自然利子率はマイナスになり、影の金利(ゼロ金利制約がない場合の政策金利)はマイナス8.3%と推定されている。日銀が「追加緩和」で政策金利をマイナス1%にすることは(銀行経営への打撃を無視すれば)不可能ではない。

日米欧の「影の金利」

マイナス金利は、財制審の財政タカ派には一時的なアノマリーとみえるだろうが、ブランシャールのような主流派経済学者は、それが(少なくとも日本では)構造的な長期停滞によるものだと考えている。だとすると日本で必要なのは、財政赤字を増やして将来世代の負担を減らすことかもしれない。

財政赤字を増やして社会保障を拡大する「もっと大きな政府」

それを実現する方法は、いくつか考えられる。消費税の増税延期もその一つだが、これはもう行政的に不可能だ。今からでも可能なのは、増税分以上の財政赤字を恒常的に出すことだ。

具体的には年金のマクロ経済スライド(過剰給付の削減)を発動しないことが考えられる。年金債務はオフバランスなので、債券市場に影響を与えない。

骨太の方針について所感を述べる安倍首相(官邸サイト:編集部)

朝日新聞によると、安倍政権は財制審の建議の原案にあった「将来の年金給付水準の低下が見込まれる」という文言を削除したという。これは年金の過剰給付を減らさないという意思表示だろう。

つまり安倍首相は、財政赤字を増やして社会保障を拡大する、もっと大きな政府に踏み出したと考えられる。それは山本太郎氏の主張する反緊縮とほとんど同じで、「超高齢社会で無責任な政策だ」と批判されるだろう。

しかしマイナス金利で財政赤字を続けることは不合理ではない。財政赤字で長期停滞を止めることはできないが、将来に大増税が待っているという国民の不安を減らし、消費を増やす効果はある。

もちろんマイナス金利が、いつまでも続く保証はない。貯蓄率が下がって長期金利が上がり始めたら、赤字財政が財政インフレ(国債バブルの崩壊)をまねき、日本経済を破壊するリスクがあることは財制審の警告する通りだ。しかし過少消費と貯蓄過剰で日本経済が萎縮することも同じぐらい大きなリスクである。

財政問題については、財政タカ派が「将来世代を悲劇から守る代理人」を自認する一方、財政バラマキ派は「緊縮財政で日本が滅びる」と主張する神学論争になりがちだ。

今の政治に必要なのは、世界史上に前例のない長期停滞とマイナス金利にどう対応するかの方針を示し、国民の選択を求めることだろう。