防災のいま:進む技術と遅れる保険 〜 AIG総研フォーラムより

前回の本欄で指摘したように、わが国は災害大国でありながら、公的資金に依存した財政的な備えは先進国の中でも特に脆弱なのが現状だ。一方で、国を挙げてテクノロジーによる防災の取り組みは進化している。今回は、先日、大阪で開催されたAIG総研のフォーラム「南海トラフ地震に備える2 〜 Society5.0と防災テクノロジーの社会実装」の報告や議論を紹介しながら、最先端の防災事情について考えてみたい。

アゴラ編集長  新田 哲史

震災から約10分で高精度の被害予測を配信

フォーラムは昨年6月18日に起きた大阪北部地震からまもなく1年を前に、大阪市内で12日に開催。自治体や企業のBCP(事業継続計画)担当者など200人が参加した。

基調講演では、国立研究開発法人「防災科学技術研究所」の藤原広行・マルチハザードリスク評価研究部門長が、リアルタイムでの地震被害推定などの最新の取り組みを紹介した。

藤原広行・防災科学技術研究所マルチハザードリスク評価研究部門長

国は現在、テクノロジー導入で社会課題を解決する「Society 5.0」において、災害分野にも力を入れているが、開発が進む地震被害推定システムは、計5000カ所のリアルタイムデータと過去20年で観測した地盤データをもとに、どこでどれだけの揺れがあったのかをきめ細かな被害を予測するという。

防災科学研究所HPのリアルタイム震度

2016年5月、熊本地方をマグニチュード6.5の地震が襲った際には、発生から29秒後には情報発信を開始し、10分程度で一報を届けた。阪神大震災当時は取得したデータからの推測にも時間がかかり、共有も難しかったが、「四半世紀が経って、個人のスマホにも配信できるようになり、様々なレベルでの活用が可能になってきた」と藤原氏。有事の際、被害の全容をいかに早く把握できるかが初期対応のカギを握るが、あらゆるものがインターネットでつながるIoT時代を見据えた成果への手応えを感じさせた。

日本が世界的に遅れる「プロテクション・ギャップ」とは?

しかし、どんなに防災テクノロジーが進化しても、その活用する人間のほうに課題がある。適切にリスクやハザードを評価しなければ、行政の街づくりから企業のBCPまで十分な備えができるとは言い難い。ここでフォーラムでは、防災計画や危機管理、災害シミュレーションの専門家も順次登壇し、課題を提起して議論に厚みを持たせた。

京都大学防災研究所、牧紀男教授

防災計画などが専門の京都大学防災研究所、牧紀男教授は、具体的な津波浸水のハザード評価のやり方など紹介しながら「災害予測が当たったとか、当たらないとかよりもそれを正しく使えるかどうかが重要」と述べた。

続いて防災政策が専門の永松伸吾・関西大学教授は「プロテクション・ギャップ」の問題を提起。これは、想定被害に対してどれだけ保険で補償されていないかを示す指標で、日本は対GDPの比率でフィリピン、台湾に次いで世界で3番目に大きいことが最近の研究で明らかになったといい、災害復興の公的負担の増加する傾向にあると指摘した。

永松教授は「世界的には保険の活用も含め、災害からの回復力を高める動きだ」とも述べ、保険のあり方について災害後に算定する従来型から、損害査定を不要とし気象データなどを基に一定額をいち早く支払う「パラメトリック」と呼ばれる新型保険の存在を挙げた。

「構造計画研究所」の佐藤壮氏

また、災害シミュレーションや防災技術のコンサルを行う事業会社「構造計画研究所」の佐藤壮・公共計画マーケティング部長は、災害時の避難シミュレーションが、防災計画の検討や関係者への教育・啓蒙、被災直後の応急対応などに活用されていることを紹介し、「シミューションが判定した結果をそのまま見るのは怖いが、何のために作られ、この結果をどう見ればいいのかを分かることが今後は大事になる」という見方を示した。

進化する技術と人間の意識のギャップ

フォーラムの後半では、ここまで登壇した4人の専門家が並んでのパネルディスカッションに移り、防災テクノロジーの社会実装や、自治体や企業の今後の取り組みについて活発に意見を交換した。

論点の一つに挙がったのが、日本社会が災害リスクを正視して向き合っているとは必ずしも言えない現実だ。ある地域で、ハザードマップで警鐘が鳴らされているエリアにも、人口が増えてしまっている調査結果もある。

藤原氏は、国のハザードマップ作りに20年近く携わってきた経験から「過去に繰り返している災害の予測の精度は確実に上がっている」と評した上で、「一度も経験していないが起こり得る“想定外”の予測の難しさはあるし、我々の認識の不確定性の部分もまだ大きい」と、人間の意識と技術とのギャップの問題点を挙げた。

その背景の一つに、民間企業が災害シミュレーションを十分に活用できていないことも考えられるが、牧教授は「行政のハザードマップは命を守るための最悪シナリオで作られており、民間企業がそこまでやるのかということはある」、「どんな水害が来ても守りたいのか、少しぐらいはいいのか(対処)レベルを決めることだ」などと述べ、企業が目的に応じて想定被害の解像度を決める必要があると指摘した。

風評被害に新型保険の活用?

永松伸吾・関西大学教授

そうした意識変革を促す上で、災害保険のあり方を見直す意見も。永松教授は「個別のリスクを単に示すだけでなく、具体的な保険料として跳ね返るようになると、より安全な土地で家を建てるという合理的な選択をする可能性がある。保険が人々の望ましい行動を促すツールになる」との見方を示した。

さらに、永松教授は、パラメトリック保険の意義についても言及し、「(補償額が)2分の1のような、いまの地震保険ほどではないにせよ、10分の1とかで当座の生活を成り立たせるのはパラメトリックでないと採算が合わない」と指摘。

ただ、パラメトリック保険の欠点として、損害額と支払額との差がある「ベーシス・リスク」が指摘されるが、「風評被害のように被害がとらえにくいものでは逆手に取れる。火山のふもとの温泉街は、噴火すれば観光客が遠のき風評被害が確実に言われるが、噴火をパラメーターにして保険をかけておくようなことは開発の余地がある」という意見を述べた。

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この日のフォーラムは、災害のリスクヘッジと被害の最小化に向け、技術的、財務的にさまざまな可能性が出ていることを十分感じ取れる内容だった。とはいえ、京大防災研の多々納裕一教授が総評で「きょうの話を受けて新しい一歩をどう踏み出すか、このあとの議論のスタートになる」と述べたように、社会にどう実装していくか、本当のヤマ場はこれからとなる。