角栄型から令和型へ…参院選で論じたい災害財政の新しい備え

沖縄が一足早く令和初の梅雨に入ったが、雨季といえば平成終盤に西日本を襲った「平成30年7月豪雨」からまもなく1年。この間、インフラや技術面での豪雨対策は練られているが、実際に私たちの暮らしや街が被災した時、復旧・復興する際に必要なのが「お金」だ。

アゴラ編集長  新田 哲史

平成30年7月豪雨で冠水した岡山県真備町(消防庁サイトより)

7月豪雨と9月の北海道地震対策で計上した昨年の国の補正予算は9356億円。思えば、東日本大震災は原発事故の影響もあって当初の被害額16兆円に対し、2018年度までに投入された税金は総額35兆円にのぼった。また、首都直下や南海トラフが来た場合、国が直後の被害額として試算するのが、それぞれ95兆円と164兆円。土木学会は、20年間に渡って経済被害が出た場合、首都直下は731兆円、南海トラフは1400兆円とも推計する。

次にもし大災害が起きたら…日本はすでに1000兆円を超える負債を抱える。東日本大震災後のように復興増税という方策はあるが、日本経済に与える影響も懸念される。その割に、災害大国ニッポンは、「お金」の面でも備えが危ういことは、あまり意識されていない。

米国やNZ:公的機関が民間マネーを活用

しかし、ここまでの話はあくまで「公的資金」で対処した場合の話だ。実はこれも日本では意外に知られていないのだが、外国では民間マネーも活用して災害時の財政出動に備えている。防災関連の公共政策が専門で、アゴラでも以前論考を掲載した関西大学の永松伸吾教授によれば、「先進国で公的資金のみは日本だけになりつつある」というのだ昨年1月の講演:資料P3より)

では、海外では具体的にどう備えているのか。日本と同じく地震国のニュージーランドでは1993年に設置された公社「地震委員会」による公的な地震保険を創設。この保険は住宅の購入者が火災保険の加入時に自動的に付帯され、被災時には10万NZドルまでの損害が保障され、残りを民間保険でカバーする(参照:損害保険料率算出機構資料国立社会保障人口問題研究所資料

同じく地震多発地帯の米カリフォルニア州でも、加入者の伸び悩みなどの課題は抱えるものの、1996年に創設されたカリフォルニア地震公社(CEA)が官民一体で運用する地震保険がある。

ハービー襲来で水没したテキサス州ポート・アーサー(サウスカロライナ州兵flickrより)

豪雨被災の財政対応で、霞が関や専門家が近年注目している先例が、同時テロで有名になった米連邦危機管理庁(FEMA)による全米洪水保険制度。洪水多発地帯の自治体や住宅ローンを組む住民は強制的に加入を義務付けられている。2017年夏にテキサス州を襲った大型ハリケーン・ハービーは、被害額が歴代最悪タイの1250億ドルにのぼったが、この時、FEMAが支払った65億ドルの公的資金のうち、10億ドルは民間の再保険によって捻出されたものだ。

再保険とはいわば「保険会社の保険」。巨額の支払いに備え、保険会社同士が一定部分のリスクを分け合い、実際に大きな支払いが生じた際には元請けの保険会社に他の保険会社が支払う仕組みになっている。

FEMAの全米洪水保険制度の運用が始まったのは1969年だが、2000年代に入り、カトリーナ(05年、被害総額約1000億ドル)やサンディ(12年、同750億ドル)など大型ハリケーンが相次ぎ、財務省からの借り入れが激増。そこで近年は民間の再保険にリスクを分散化する手法で、安定的な資金調達を図っている。この辺りは資本市場や金融商品が世界で最も進化している米国らしい備えといえよう。

田中角栄が生んだ日本の地震保険

田中角栄(官邸サイトより)

翻って、日本の財政的な災害への備えはどうか。冒頭でも触れたように、我が国の財政出動の裏付けは基本的に私たちの税金だ。一方、個人や企業など民間レベルでは、すでに存在する地震保険や水害保険などの民間保険で個々に契約して備えられる。

ひとつ、ここで注目したいのは、日本の政治には「保険を使って災害に備える」という発想が昔からあったことだ。地震保険は佐藤栄作内閣下の昭和41年(1966年)、地震保険に関する法律、地震再保険特別会計法が制定されて誕生したのだが、主導したのは時の大蔵大臣、田中角栄だった(参照:日経電子版 2016年6月30日。その2年前に地元・新潟をマグニチュード7.5の大地震が襲い、「我が国が世界有数の地震国であるにも関わらず、現在損害保険制度上その危険がほとんど担保されていない現状であるのは問題。制度を速やかに確立する必要がある」と提起した。

実は地震保険の構想自体は、戦前から火災保険に強制付帯する形で存在していたが、慎重論が出て頓挫した歴史がある(参照:財務省広報誌『ファイナンス』平成29年2月号)。それを地元の被災からわずか2年で創設にこぎつけたあたりは、「コンピューター付きブルドーザー」の異名を取った田中の政治力を物語ると言えよう。

災害財政の備えも昭和期のままでいいのか

一方で、南海トラフや首都直下といった未曾有の大震災が来た場合、災害復旧・復興に充てる財源の備えは、田中角栄が作り上げた昭和期のままの体制で十分なのか。他国のように「第3の選択肢」として、公的機関が民間マネーを活用する発想が存在する。

すでに霞が関では、内閣府が2016年12月から3か月間、「保険・共済による災害への備えの促進に関する検討会」を設置して研究。財務省も今月の広報誌で、世界銀行に出向中の職員が、災害リスクファイナンスの海外動向を紹介するコラムを掲載するなど関心は確実に高まっている。

この夏には参院選があり、衆院選とのダブル選挙も噂される。防災政策は当然、各党公約に入るだろうが、2年前の各党の衆院選の政策集を見返す限りは、インフラ整備などは明記していても、災害リスクファイナンス的な発想の問題提起はほとんどない。ある政党が議員歳費削減などの「身を切る」政策で増税を回避し、財源を捻出すると掲げてはいたが、災害直後の被害試算だけで164兆円にもなる南海トラフへの備えとして十分なのか心もとない。

昭和期の田中角栄と同じく、令和の政治も災害財政のファイナンスで新たな枠組みを生み出すのか…。今後の政策論議で取り上げられることを期待したい。

本稿執筆にあたり、AIG総研の服部和哉主任研究員に専門的な観点から大変参考になる助言をいただきました。6月12日の第2回AIG総研フォーラムでは、南海トラフ地震に備えた防災テクノロジーの社会実装について討議し、昨年のフォーラムで提起された災害財政の問題についても言及される予定です。フォーラムで提起された問題点については、改めてこの場で報告したいと思います。なお、フォーラムの一般の方の申し込みも受付中(無料、29日まで)。

詳しい内容と参加申し込み方法はこちらまで。

新田 哲史  アゴラ編集長

この記事は、AIGとアゴラ編集部によるコラボ企画『転ばぬ先のチエ』の編集記事です。

『転ばぬ先のチエ』は、国内外の経済・金融問題をとりあげながら、個人の日常生活からビジネスシーンにおける「リスク」を考える上で、有益な情報や視点を提供すべく、中立的な立場で専門家の発信を行います。編集責任はアゴラ編集部が担い、必要に応じてAIGから専門的知見や情報提供を受けて制作しています。