世界一の平均寿命を求めないという選択(特別寄稿)

八幡 和郎

世界一の平均寿命は生活水準の低下を伴う覚悟を」という論考を何週間か前に書いて、その後もFacebookでいろんな人と議論してきた。

これはかねてから問題意識としてもってきたことであるが、なにしろ、数量的な分析は私のような組織をもたない物書きには手に余るので、問題提起をして広く議論のきっかけになればと思う。

写真AC:編集部

前回の問題提起は、世界一の平均寿命を維持してかけている社会的コストは非常に高く、日本人はほかの多くの幸福をあきらめるしかないということだった。まったく経済的側面からいえば、若い人の死亡は経済的にも大きなマイナスだが、超高齢まで生きようとすれば家計的にも財政的にもコストが高いなど当たり前のことであって、それを直視しないことは偽善であり卑怯な逃避である。

また、年齢にかかわらず、また、すべての場面において、国際的にも非常識なレベルまで安全を求めることも同様である。

(ちょっとしたテロや事故があると日本人観光客はいちばんに逃げ出し、なかなか戻ってこないなども含めてだ。ここのところしばらく投稿が減っていたのは中東に旅行していたからだが、とくに強く感じた)

もちろん、長生きを可能な限りすること以上の価値はありえず、そのために国民生活全般の水準が他国に比べて有為に下がっても構わないというのも選択の対象であってもよい。しかし現実にはその是非について議論がされているわけでもなく、漫然と平均寿命が世界最高位水準になり、医療や年金が崩壊し、国民生活や将来への投資が犠牲になったり、発展途上国などでの国際貢献を怠ることになっているのである。

今回の課題は、日本の平均寿命の長さがどのくらい極端かということだ。ここで示すのは世界銀行の統計である(文末に一覧)。平成のはじめである1990年比べると、日本は1990年には世界一だったが、香港に抜かれて世界二位となったというものの、主要国では最高だ。

世界の平均は65.4歳から72.2歳と6.8年長くなっているのに対して、日本は77.8歳から84.1歳と6.3年伸びており、世界平均の伸びが発展途上国での急激な改善の反映であるなかでは、十分すぎる伸びだ。

他の主要国と比べるとスイス、スペイン、イタリアが83歳、フランス、韓国、スウェーデンが82歳、81歳がイギリス。西ドイツが80歳代、米国が78歳、中国が76歳、ロシアが72歳、インドが68歳である(すべて切り下げ)。

つまり、経済不振といわれる日本、スペイン、イタリア、フランスなどが長寿国であり、経済好調な国の寿命はあまり長くないのである。

これをもって、経済不振でも長生きできる日本や南欧は実は幸福大国であってイギリス、ドイツ、アメリカこそ見習うべきだという人もいるかもしれない。たしかに、アメリカの寿命が短いのは少しひどいと思う。なにしろ、79歳のキューバより短いのである。私がアメリカの極端な小さな政府指向を支持できない理由でもある。

ただ、やはり財政赤字が大きい日本や南欧諸国の寿命の高さは、単なる長命についての価値観選択の問題ではなく、むしろ将来の世代への付け回しによる要素も強いと見る方が素直であろう。

たとえば、平均寿命が1歳下がっても7位、2歳下がっても19位でドイツやイギリスより上なのである。もちろん、平均寿命は医療だけで決まるのでないが、世界トップクラスの平均寿命のコストは高く、それをあきらめて世界10位とか20位でいいという前提に立てば、いろんなことが可能になるはずだ。

そのあたりをきちんと議論したらというのが、私の提案だ。

というと、すぐに延命治療の是非の話になるし、もちろん、それもひとつの課題だが、それだけではない。医療全般への資源配分が極端すぎるのでないかという疑問があり議論されるべきだ。また、医療に限らず社会全般での過度の安全性追求の風潮への疑問もあるが、そのあたりは、別の機会に譲りたい。

ちなみに、公的医療について少しだけ論じると、世界の長寿国のうちフランスの医療保険は高度医療をかなりカバーするなど日本に近い(過剰な医療への監視ははるかに厳しいが)。

スペインでは「公的医療は低レベルのものしか保証しないので、金持ちは医療保険にも入っている」と駐在者からは聞くが、この平均寿命の長さをみれば庶民にとっても「不十分」という公的医療でも、平均寿命についてはあまり影響がないことを示しているようだ。

また、それ以上にキューバのアメリカより長い寿命は、非常に基礎的な社会主義的医療だけを無料で提供したら平均的にはこのくらい長生きできることを示してもいる。

このあたりをどう考えるかだが、国民皆保険による無駄を省いた基礎医療を非常に低い自己負担で提供する一方、それに満足できない部分は民間医療保険を含めた自己責任にまかせたらというのも選択肢だと思う。

特に、超高齢者などカバー範囲が制限されているが非常に低負担の医療を保証するほうが大多数の国民のニーズに合っているのではないか。私自身だって、90歳超えたときに、少しでも長生きするために高度な医療を受けられなくてもいい一方、医者にかかって基礎的な医療はほぼ無料でしてもらえるという安心感を、公的医療についても、個人的な備えの問題としても選択したいと思う。

(参考)各国の平均寿命の一覧

 世界各国の平均寿命(2017年)世界銀行統計より
 順位  国・地域名 平均寿命
1  香港  84.68
 2  日本  84.1
 3  マカオ  83.9
 4   スイス  83.6
 5  スペイン  83.33
 6  イタリア  83.24
 7  シンガポール  82.9
 8  ルクセンブルク   82.69
 9  韓国  82.63
 10  イスラエル  82.6
 11 フランス   82.52
 12  ノルウェー  82.51
 13  オーストラリア  82.5
14 カナダ   82.47
17  スウェーデン  82.31
19  アイスランド  82.2
20 アイルランド  81.96
30 イギリス  81.16
 33  ドイツ  80.99
36  台湾  80
38 キューバ  79.92
 45  アメリカ  78.54
50 ポーランド  77.85
 55  アラブ首長国連邦  77.41
57 メキシコ    77.31
65 アルゼンチン   76.74
68 ベトナム   76.45
 69   中国  76.41
 71  イラン  76.15
 78  トルコ  76.01
82  ブラジル   75.72
 85 タイ  75.5
 94  ベネズエラ  74.73
 95  サウジアラビア  74.72
 115  バングラデシュ  72.81
 118  ロシア  72.12
121  北朝鮮  71.89
 124  エジプト   71.66
140  インドネシア   69.36
 145  インド  68.8
 155  パキスタン  66.63
 171  南アフリカ  63.4
 198  ナイジェリア  53.88
 201 シエラレオネ  52.21
 世界平均  72.23


八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授