7月1日夜に一部デモ隊が香港立法会を占拠した事件に関し、3日の反中国紙「大紀元」は証拠を三つ挙げて、「香港警察当局が意図的に抗議者に占拠させた」疑いのあることを報じた。
その三つの証拠とは次のようだ。
証拠1.「空城の計」を使った?
「空城の計」とは古来の中国の兵法の一つで、「わざと自陣を敵が入り易い状態にして敵を警戒させる戦術」のこと。三国志にも諸葛孔明が司馬懿に用いる場面が出て来る。今回は「抗議者らが立法会に突入する前、警官隊は突如、議場から離れたこと」を指している。
香港警察処長は「抗議者は当時、室内の一部の照明を消し、警官隊に白い煙を帯びたものを投げ込んだため、警官隊はやむを得ず撤退した。抗議者は立法会奪還の策を練っていた」と説明した。が、香港紙「立場新聞」は「香港政府は6月12日の大規模な抗議デモで起きた武力鎮圧の責任を抗議者に押し付け、香港および国際社会の同情を得ようとする狙いがある。香港当局のやり方は卑怯だ」との香港中文大学副教授の批判談話を載せた。
証拠2.事前に批判動画を製作か?
デモ隊が1日午後9時頃に立法会の庁舎に突入した後、香港警察の謝総警司が10時20分にフェイスブックにスピーチ動画を投稿した。ところが動画の中で謝総警司がつけている腕時計が午後5時頃を指している、との投稿が相次いだ。
香港と台湾の一部メディアは、香港警察が抗議者らが立法会占拠する前に動画を撮影していたのではないかと指摘した。警察当局が事前に立法会からの撤退を計画し、故意に抗議者に占拠させた上で「罠」を仕掛けた可能性が高いというのだ。
ただし、香港警察は腕時計の指摘を受けた直後に、ネットにアップされている腕時計と謝総警司のものと拡大写真を載せた画像を載せて、ネチズンによる偽造と主張している。
証拠3.割れたガラスがすでに散乱?
デモ隊と共に立法会に突入した香港人記者が2日のフェイスブックで「割れたガラスなどがすでに散乱しているのを見た。抗議者らは立法会に入ってから、破壊行為をしなかった」などと投稿した。
これを見た者が「(当局の)自作自演の政治的なスペクタクル映画だ。若者を利用したのだ」「政府が抗議者の破壊行為を見込んで、抗議者を立法会に突入するよう導引した。これは、政府に向ける市民の批判の目を逸らし、若者をやり玉に挙げるためだ。若者がその罠にはまってしまった」と投稿した。
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2日のzakzakも『香港騒乱、親中派組織の謀略か!? 過去にも「暴力化」で民主化運動が終息』 との見出しで同じような趣旨のことを報じている。
が、こちらは「大紀元」にあるような「証拠」ではなく、「香港では過去にも民主化運動が、暴力化に伴って勢いを失った」と、2014年の「雨傘運動」では、一部の若者らが過激な行動に走って市民の批判を招き、運動が終息する一因となったことを挙げ、宮崎正弘氏の次の談話を載せた。
雨傘運動で商店街を壊した際にも、親中派組織が混じっていたといわれている。親中派組織は「黒道」と呼ばれる中国マフィアとほぼイコールで、関わっていた可能性はある。画像を見る限り一般の学生が多くいたが、扇動者に引きずられたのではないか。
一方の中国は、2日の環球時報が『Radical protesters trash Hong Kong’s rule-based system(急進的な抗議者たちが香港のルールに基づく体制を破る)』との見出しで報じ、香港市民にこう語らせている。(括弧内は拙訳)
I feel sorry and sad seeing these violent scenes. What happened was out of control and young protesters are ruining their future.(これらの暴力的な状況を見ると、残念で悲しい。起こったことは制御の域を超えていて、若い抗議者たちは彼らの未来を台無しにしている)
デモ隊の暴力的行為を香港市民も非難している構図作りに必死なチャイナデイリーも、『Attack on HK legislature a ‘political act’ with ‘hidden agenda’(香港議会への攻撃に“隠された指針”を持つ“政治的行為”)』との見出しで、香港の弁護士が3日に「立法の自由の線を越え、隠された議題を伴う政治的行為と見なされる可能性がある」と声明しつつ立法会の暴力的な乗っ取りに対する幅広い非難に加わったことを報じた。
どれもありそうな話だが、大紀元の腕時計の件にしても直ぐに否定する画像が出て、他の二つも含め証拠能力は高くなさそうだ。だが、過去から現在に至るあらゆる場面で奸計やプロパガンダを仕掛けてきた中国が、今回だけ何もしないはずがないことを世界中が知っている。
それが証拠に今回の大規模デモでも、中国は当初から「西側が裏で糸を引いている」と断じていた。これはスターリンがゾルゲを二重スパイと疑っていたのと同工異曲で、自分たちがしていることを相手方もしているに決まっていると考える、彼ら独特の猜疑心が発せさせたに違いない。
さて、G20では習近平主席に対して何の働き掛けもせず香港市民を落胆させた英国メイ首相だが、3日の議会答弁では、香港で展開されている逃亡犯条例改正案の反対運動に関し、香港の自治権擁護をめぐる「懸念」を中国側に伝えたことを明らかにした、とAFP時事が報じている。
ハント英外相も1日の抗議行動の直後に、これを「抑圧の口実」にしないよう要請し、英中共同声明が順守されなければ「重大な結果を招く」と述べたが、チャイナデイリーは3日の23時前に『West’s meddling in HK root cause of violence(香港の暴力の根本的な原因における西側の問題)』と題する社説でこれに激しく反発した。
環球時報もその30分後に『Hunt’s warning on Hong Kong sours UK’s image(香港に対するハントの警告が英国のイメージを悪化させる)』との見出し記事で、「デモ隊が香港立法議会を襲撃し、破壊した後、ハント英外相は、暴力的な抗議者を批判しない代わりに中国が1984年の中英共同宣言を遵守することを要求し、“私たちは香港の人々の背後に立つ”と述べた」とし、「ハントの言葉は行き過ぎている」と強く非難した。
4日のAFPが『中国と英国、香港の抗議行動めぐり関係悪化』と報じているように、ようやくこの問題で英中対立の構図が出て来たようだ。メイ首相には後継が決まるまでの間に、香港問題で最後のひと仕事をして欲しい。先代の女性首相サッチャーがやり残した仕事を。
高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。