日本はなぜ人権問題で韓国に負け続けるのか

池田 信夫


今回の韓国に対する半導体材料の輸出規制は、政府見解としては「安全保障上の措置」だが、世耕経産相が正直にツイートしたように「旧朝鮮半島出身労働者問題について満足する解決策が示されなかった」ことが本当の理由だろう。

慰安婦像(Wikipediaより)

韓国の異常な対応の原点は1990年代の慰安婦問題だが、最近では2015年末の慰安婦合意である。これはもともとソウルの日本大使館の前に置かれた慰安婦像の撤去に日本政府が資金を提供する筋の通らない合意だったが、韓国がその約束を守らないのに日本は翌年、10億円を支払った。

この背景には、当時政治的に窮地に陥っていた朴槿恵大統領を救おうという安倍政権の「大人の配慮」があったのだろうが、2017年に朴政権は弾劾で倒れ、合意は白紙に戻ってしまった。これで外務省は韓国になめられ、文在寅政権は問題を慰安婦から「徴用工」にエスカレートさせた。

慰安婦は日韓基本条約で想定されていなかったという言い訳もありうるが、徴用工(実際には応募した労働者)の賠償は日韓請求権協定で想定された問題であり、その「お代わり」を求めることは請求権協定を破棄するに等しい。「旧朝鮮半島出身労働者問題」を放置するとさらにエスカレートすると考えて報復した安倍政権の戦術は、よく練られたものだ。

興味深いのは、今回の報復が経産省所管の半導体で行われたことだ。1990年代以降、外務省は韓国に譲歩を重ね、それが結果的に日韓関係を破壊してしまった。その主犯は慰安婦を食い物にした「人権派弁護士」やマスコミ(当初は朝日新聞だけではなかった)だったが、外務省の対応が拙劣だったことは否めない。

意外に大きかったのは国際世論の動きである。1991年に慰安婦を取材した私でさえ90年代後半には忘れていたが、その間に韓国ロビーがアメリカの政治家やメディアに工作を続け、2000年代に気づいたら国連人権理事会も「性奴隷」を認定していた。

それに早くから警鐘を鳴らしていたのが安倍晋三氏だったが、2006年に彼が首相になったとき、国際世論を味方につけた朝日新聞は彼を徹底的にたたき、安倍首相は訪米でそれを撤回した。これが彼のトラウマになり、第2次安倍内閣では彼は慰安婦問題を封印した。

朝日新聞は安倍首相との妥協点をさぐり、2012年9月に彼が自民党総裁になったあと(首相になる前)、木村伊量社長が安倍総裁と会談して慰安婦問題について政治決着したといわれる。その結果が2014年8月の慰安婦問題の「検証記事」だったが、これは日本人の忘れていた慰安婦問題を再燃させて逆効果になり、木村社長は辞任に追い込まれた。

これは安倍政権にとっては勝利であり、その勢いで懸案の慰安婦像の問題を決着させようとしたのかもしれないが、この交渉でも外務省は失敗した。そこで今度は経産省が戦うのだろう。その理由も公式には「徴用工問題への報復」ではない。

これに韓国が報復するのは、たぶん経産省の所管する通商問題ではなく、外務省の所管する人権問題だろう。たとえば「在日韓国人に選挙権がないのは差別だ」という理由で、韓国在住の日本人の資産を凍結することも(韓国政府がやろう思えば)できる。

残念ながら人権問題では、韓国が日本より圧倒的に強い。それは1000万人以上の黒人奴隷を使って建国した罪の意識をアメリカ人がもっているからだ。そんなことは現在の世代とは無関係だが、人道に対する罪に時効はない――これはNYタイムズの記者が私に直接いった言葉である。

慰安婦が単なる公娼だったという事実は今では彼らも知っているが、「女性の人権」という絶対的な基準を振り回したら日本政府は抗弁できない。朝鮮人労働者を酷使したことも、誇るべき歴史ではない。

日本が人権問題で負け続ける背景には、資本主義が奴隷制によって築かれた暗い歴史があるのだ。この大きな負けを今から外交的に取り返すことは、残念ながら不可能に近い。日本以外の国の世界史には「日本の性奴隷」が史実として永遠に残るだろう。