ハンセン病患者の家族にかつての隔離政策の賠償を国に命じた一審判決について、安倍首相は9日朝、「筆舌に尽くしがたい経験をされたご家族の皆様のご苦労をこれ以上長引かせるわけにはいかない」と述べ、控訴を見送ることを明らかにした(出所:NHKニュース)。
ところが、朝日新聞が同日朝刊の一面スクープで「ハンセン病家族訴訟 控訴へ」と報道し、ネット上ではこの“世紀の大誤報”を巡ってさまざまな憶測や評価が飛び交っている。
朝日新聞は
元ハンセン病患者の家族への賠償を国に命じた熊本地裁判決について、政府は控訴して高裁で争う方針を固めた。一方、家族に対する経済的な支援は別途、検討する。政府関係者が8日、明らかにした。国側の責任を広く認めた判決は受け入れられないものの、家族への人権侵害を認め、支援が必要と判断した。
と“特報”した。しかし、NHKがこの日朝、「ハンセン病家族訴訟 国控訴せず 安倍首相が決定」と速報。安倍首相が正式に控訴見送りを表明したことを受け、朝日のデジタル版では午前5時にアップしていた記事を一時的に有料会員限定の「紙面掲載記事」のみの公開に変更。その後、午前10時45分になって「おわび」をつけて更新した。
元ハンセン病患者の家族への賠償を国に命じた熊本地裁判決について、朝日新聞は9日朝、複数の政府関係者への取材をもとに「国が控訴へ」と報じました。しかし、政府は最終的に控訴を断念し、安倍晋三首相が9日午前に表明しました。誤った記事を配信したことをおわびします。
全国紙の世紀の「大誤報」としては、1989年に毎日新聞が「グリコ・森永事件の容疑者 取り調べ」を、読売新聞が「少女誘拐連続殺害事件の犯人のアジトが奥多摩山中に発見された」と、それぞれ“特報”したケースが代表的に挙げられる。
しかし、安倍政権を嫌悪する左派の人たちは、釈然としないのか、政権と敵対する朝日新聞に誤報をリークした「陰謀説」を唱え始めた。
憲法学者の南野森・九州大学教授はツイッターで、「もしかして朝日新聞だけがガセネタを摑まされた?」との仮説を示し、「一面トップのスクープが誤報ということになれば、なかなかの失態だが、これが実は政権によって仕組まれたのだとしたら怖すぎる」との受け止めを述べた。
すると、政治学者の山口二郎法政大教授も「選挙戦の最中に、政府がハンセン病訴訟の控訴を決定するはずはないというのが常識。南野さんの観測も、うがちすぎではないように思える」と同調した。山口氏はかつて安保法制反対の国会前デモで、「安倍に言いたい。お前は人間じゃない! たたき斬ってやる!」と叫び、波紋を呼んだことがある。
この流れに、アンチ安倍のヒロイン、東京新聞の望月衣塑子記者の著書を原案にした映画「新聞記者」で、主人公の女性記者が書いたスクープが「誤報」扱いされて追い詰められる展開を描いたことを想起して論評する人も続出した。
また小説家の中沢けい氏も「露骨なトラップ」と決めつけ、
同じくアンチ安倍の小説家、盛田隆二氏も「まさに望月記者に対する現在進行形の弾圧」と述べた。
しかし、こうした左派の反発に対し、冷ややかに見る人も。『MEDIA MAKERS』などの著書がある田端信太郎氏は、「『報道しない自由』もあるんだから、一杯食わされるリスクを考慮しなかったほうの負け」と痛烈に批評。
さらに田端氏は「そもそも、情報源の名前を出せない前提のオフレコ取材において、ガセを話してスピンさせられるかもしれないリスクといいますか、緊張感がなさすぎる」「善悪は別にして、マジでケンカ上手いなー。やっぱり、権力者にはケンカ上手で居てもらわないとなあ」と、安倍政権側の情報戦の強さを指摘していた。
なお、朝日新聞と同様に安倍政権を「モリカケ」で厳しく追及してきた毎日新聞は電子版で、同日未明に「ハンセン病家族訴訟 政府内に控訴断念論」を報じ、断定は避けながらも政権内中枢の動きを把握していたことがわかる。アゴラ編集長の新田哲史は「朝日の記者がつかまされた「陰謀」の可能性は否定しないが、取材力や判断力の差もあるんじゃないか」と、指摘していた。
なお、朝日新聞社内からも誤報を直視するべきとの「異論」も出ている。安倍首相の記者会見の速報記事で、
政府内には控訴して高裁で争うべきだとの意見が強かったが、家族への人権侵害を考慮し、最終的に首相が判決を受け入れる「異例」の判断を下した。
との経緯を書いたが、日頃は安倍政権を徹底的に批判している鮫島浩記者は「誤報のこの修正の仕方は最悪。『政府は控訴する方針を固めていたが首相が控訴断念を最終判断した』では安倍首相をヒーローにする官邸シナリオ通り」と持論を述べた上で、「情報操作に利用されたことを素直に認め、取材経緯を公表し真実を明らかにするのが報道機関としての責務だ」と声をあげた。