報道によると、23日の午前から中国機の爆撃機(Tu-16)2機とロシア機の爆撃機(Tu-95)2機が東シナ海から日本海西方空域の日本及び韓国の領空付近で活動し、日本及び韓国の双方が戦闘機をスクランブル発進させて対応にあたっていた。
この際、これら爆撃機の管制支援にあたっていたと思われるロシアの早期警戒管制機(A-50)1機が9時台に数分間、2回にわたり「竹島」の領空を侵犯した。これに対して、韓国空軍は1回目に約80発、2回目に約280発の警告射撃を実施したと韓国合同参謀本部が発表した。
わが国は、竹島が固有の領土であるとしながらも、韓国に実効支配されていることから、この上空において実質的な領空侵犯対処を行っておらず、航跡のモニター(監視)のみを実施している。これは、北方4島も同様である。つまり、領土を支配されればこの領空も支配されるということである。
したがって、今回のロシア機の竹島領空侵犯にあたっては韓国空軍の戦闘機が対応し、韓国のROE(Rules of Engagement:交戦規定。自衛隊では部隊行動基準)に則って警告射撃を実施したということである。北朝鮮と休戦状態で対峙している韓国軍の行動基準は、基本的に国連軍のROEに準拠しており、今回のような場合は「警告(音声通信)→遮断機動(機体信号)→対応(警告)射撃→破壊(照準)射撃)となっており、実施の権限は現場指揮官に委ねられている。
今回の場合ならば、スクランブル機の編隊長(大尉か少佐)の判断ということである。韓国合同参謀本部の発表によると、今回もこの手順に従って遮断機動の後に警告射撃を実施したとのことである。
ちなみに、わが国も本年6月20日にロシアの爆撃機(Tu-95)によって南大東島付近と八丈島付近の2か所を領空侵犯されたが、警告射撃は実施していない。領空侵犯された時間は数分間であり、今回の竹島の侵犯時間と変わらないものの、航空自衛隊の場合は警告射撃にあたってそのスクランブル機を管制指揮している所管(北空・中空・西空・南西のいずれか)の方面隊司令官(空将)の許可を得る必要があるため、韓国軍よりそのハードルは高い。したがって、対象機が数分間領空を侵犯する程度で警告射撃するようなことはまずないと言っていいだろう。
過去には、1987年12月9日に航空自衛隊が当時ソ連の爆撃機(Tu-16)1機が沖縄本土上空を領空侵犯し、これに対して警告射撃を実施したのが最初で最後である。今回、竹島を領空侵犯したロシア機が韓国による警告射撃を受けたことを視認していたら、日本との対応の違いをしっかりと胸に刻んだことであろう。
ちなみに、旧ソ連の時代から現在に至るまで、ロシアの爆撃機が領空侵犯する際は、その航跡や前後の通警告への対応などから、意図的に実施したと考えられる場合が殆どである。6月20日のわが国に対する領空侵犯の場合も意図的なものに間違いないだろう。つまり、それは領空を侵犯するという軍事的示威行動によって、何らかの政治的又は外交的なメッセージが込められているということなのである。
ただし今回の場合は、領空侵犯したロシア機の機種と航跡などから必ずしも意図的な侵犯ではなかったかも知れない。というのも、早期警戒管制機というのは軍事的にはハイバリューアセット(戦術的に極めて高機能で貴重な作戦機)であって、攻撃に対しても脆弱な存在であり、なるべく危険な空域には飛行させないというのが常識だからである。
したがって、このような危険を伴う示威行動に使用することは通常ならあり得ないことである。また、このA-50の機体前方に「タガンログ(黒海北部の都市名)」というロシア語が記されていることから、当該機体は極東ロシア軍の所属ではなく欧州方面の部隊から飛来してきた可能性を示唆している。したがって、この方面の空・海域に関する知識が希薄で竹島の存在を認識していなかった可能性も考えられる。
しかし、今回この竹島領空の侵犯という事象よりも我々が注目しなけらばならないのは、ロシアと中国の爆撃機が共同で日韓に近接する日本海のこの空域を哨戒飛行したことであり、これは日米韓に対する軍事的示威行動であるのは明らかである。そして、この示威行動の目的に関するヒントは、昨年12月に発生した「韓国海軍レーダー照射事案」であろう。
本年2月22日の拙稿「『竹島の日』に日本海の危険な兆候を憂う」をご覧いただきたい。この時期から、すでにロシアと中国は日韓に対して「両国の揉め事に関与する」という軍事的シグナルを送っているのである。本事案はこの延長線上にあると見なけらばならない。加えて、今回は中国の航空部隊もこの地域でロシアの示威行動に参戦したということが極めて深刻な意味を持つ。中露の軍事的な連携は今後ますます深化するであろう。
現在の日韓関係の悪化が、中露にこのような活動を誘引させた側面も拭えないことをわれわれはしっかりと認識しなければならない。決して韓国に甘んじろというのではないが、先の見えない係争にはどこかで終止符を打つことも考慮しなければならないのではないか。
今後は、このような安全保障上の事態も十分に考慮したうえで韓国との関係をどうするのか。そして、このような中露の軍事活動が常態化するような場合には、日米韓は軍事的にどのように対応するのか。早急に戦略を構築して対応する必要があると考える。
鈴木 衛士(すずき えいじ)
1960年京都府京都市生まれ。83年に大学を卒業後、陸上自衛隊に2等陸士として入隊する。2年後に離隊するも85年に幹部候補生として航空自衛隊に再入隊。3等空尉に任官後は約30年にわたり情報幹部として航空自衛隊の各部隊や防衛省航空幕僚監部、防衛省情報本部などで勤務。防衛のみならず大規模災害や国際平和協力活動等に関わる情報の収集や分析にあたる。北朝鮮の弾道ミサイル発射事案や東日本大震災、自衛隊のイラク派遣など数々の重大事案において第一線で活躍。2015年に空将補で退官。著書に『北朝鮮は「悪」じゃない』(幻冬舎ルネッサンス)。