かんぽ生命の不適切契約:内部告発奨励法の制定も視野に入れるべき?

山口 利昭

7月30日の日経WEBニュースが伝えるところでは、かんぽ生命の不適切契約の疑いのある契約数が、5年間で183,000件に上ることが判明したそうです。先日の発表では93,000件でしたので、外部調査の開始によって約2倍の不適切契約の疑いが浮上したことになります。増加分の多くは二重徴収分(7万件増加)ということなので、これはとんでもない不祥事に発展しそうです。毎日新聞ニュースによれば、31日にも日本郵政ほか3社の社長さんが会見を開く予定、とのこと。

(かんぽ生命HPから:編集部)

全ての経過を追っているわけではありませんが、本件は昨年8月に西日本新聞社に届いた郵便局員からの内部告発がきっかけです(西日本新聞ニュースはこちら)。たった1通の告発メールから西日本新聞は記事を掲載し、この記事を読んだ多くの郵便局員が新事実を告発したり、事実を裏付ける内部資料を提出して(たとえばこちらのニュース参照)、二重徴収問題の発覚にまで至りました。約1年にわたる新聞記者の正義感に燃える取材活動も大きい要因ですが、やはり内部告発の威力はスゴイ。

私自身、内部告発の代理人もやりますし、また告発を受けた会社側の危機対応も担当しますが、このように告発を契機として大きな不祥事に発展するものもあれば、不幸にして(本件と同様、多くの社会的弱者が損失を被っている可能性が高いにもかかわらず)様々な社会的力学のもと、告発が不発に終わるケースもあります。

昨年公表された某社の第三者委員会報告書でも、告発を受けた新聞社の記者に対して、首尾よく立ち回って取材を断念させた経緯が記載されたものがありました(その会社の不祥事は、これまた第三者委員会の凄まじい頑張りで発覚したわけですが)。告発を受けて、法務部門が体を張って(覚悟を決めて)社長に不正を認めさせた事例もありました。このように、内部告発は決して実効性が高いとまでは言えませんが、企業不祥事を世に知らしめる「きっかけ」として有用性が高いことは間違いありません。

しかしかんぽ生命では、どうしてこんな「とんでもない」事件になるまで対処しなかったのでしょうか。ノルマがある以上、一定頻度で不適切契約問題が発生することは当然予想されるところであり、その都度個別案件対応によって監督官庁に報告をすれば(もちろん問題ではありますが)組織的な不正とまでは断定できないようにも思います(※)。

ただ、少なくとも2014年以降、社内に内部通報なども届いていた可能性があり、通報に対してはどのように対応していたのでしょうか。また、同種問題案件が繰り返し発覚していたわけですから、いわゆる「件外調査」の必要性(同様の不適切事案が他にも発生していないかどうか広く調査する必要性)を提案する役員さんはいなかったのでしょうか。このあたりはナゾであり、第三者調査による解明が待たれます。

※…郵政民営化委員会はかなり厳しい意見のようで「(株式を売却するのであれば)個別案件処理の時点で公表すべきだった」としています。

今年5月16日の日経「法務・ガバナンス」関連記事において、私と公益通報者保護制度実効性検討ワーキングチームでご一緒している田中亘先生(東京大学教授)は、

「日本を代表する企業の不祥事が続いているが、多くの企業が(内部通報に関する)制度自体は設けている。(公益通報制度の実効性を高めるには)通報者に報奨金を出したり、不利益な扱いをした企業に罰を科したりする法制度が必要だ」

と述べておられます。KYBの製品偽装事件の際にも申し上げましたが、かんぽ生命の経営陣が「こんなに不適切契約が多いことはまったく知らなかった」ということであれば、不祥事は経営陣の努力では発見することに限界があることになり、唯一、内部告発によってのみ不祥事が発覚する可能性があったことになります。これは公益通報者保護法改正の立法事実になります。

「商品やサービスの品質」と「開発ストーリー」で差別化を図らねばならない日本企業全体の利益のためにも、公益通報者をより保護する制度だけでなく、公益通報を奨励したり、公益通報を「違法性阻却事由」ではなく「労働者の権利」に高めるような法制度を喫緊に策定することが必要かもしれません(このような議論がなされる日は近いかもしれませんね)。

山口 利昭 山口利昭法律事務所代表弁護士
大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(1990年登録  42期)。IPO支援、内部統制システム構築支援、企業会計関連、コンプライアンス体制整備、不正検査業務、独立第三者委員会委員、社外取締役、社外監査役、内部通報制度における外部窓口業務など数々の企業法務を手がける。ニッセンホールディングス、大東建託株式会社、大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社の社外監査役を歴任。大阪メトロ(大阪市高速電気軌道株式会社)社外監査役(2018年4月~)。事務所HP


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2019年7月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。