日韓の歴史紛争は日本側の責任?:海外紙論調に反映する「朝日」の誤報

長谷川 良

オーストリア代表紙プレッセの社説(19日付)は「強制労働(元徴用工)と慰安婦=北東アジアの険悪な状況」で、日韓両国関係が険悪化していること、その背景には歴史問題があることを指摘している。書き手はブルクハルド・ビショフ記者だ。プレッセ紙のベテラン記者は基本的には東欧諸国やロシア問題を担当してきたが、今回突然、日韓問題について社説をまとめているのだ。

▲オーストリア代表紙プレッセ19日付社説のコピー

▲オーストリア代表紙プレッセ19日付社説のコピー

当方は同記者を個人的に知っている。冷戦終焉直後、ウィーンのポーランド大使館でワルシャワから訪問中の国防相と会見するために大使館に出かけた時、同記者もどういうわけか同じ時間帯に国防相と会見することになっていたため、一緒に国防相と会見したことがあった。同記者は当方のことを忘れているだろうが、同記者の名前がBischof(ビショフ)だったので、当方は勝手に「プレッセ紙のカトリック教会の司教(ビショフ)」と受け取って名前を覚えてしまった次第だ。

肝心のビショフ記者の社説の内容に入る。繰り返すが、彼は朝鮮半島の専門記者ではない。記事の内容は多分、米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)の記事を参考にしながら日韓問題をまとめたのだろう。そして NYTの東京特派員は朝日新聞の論調を土台として記事を書くことで知られているから、ビショフ記者の朝鮮半島の分析記事は否応なく朝日新聞の論調と重なってくるわけだ。ただし、同記者の社説にはNYT記者が頻繁に使う「性奴隷」といった忌むべき表現は出てこない。

ビショフ記者は、「北東アジアの経済大国、日本と韓国は目下、歴史問題で対立し、両国の和解の見通しは当分ない」と悲観的に描写し、歴史的争点として日本の植民地時代の「強制労働」と「慰安婦」問題を挙げている。

記者は慎重に書いているが、日本側の両争点に対する見解は社説の中ではほぼ省略されているから、強制労働、慰安婦問題というテーマを挙げることで、日本側の責任を示唆しているわけだ。

「強制労働」といっても、韓国人は当時、自主的に仕事を求めていったケースが少なくなかったこと、その労賃は半島地域より高かったことなどの説明はない。だから、アジアやアフリカを植民地化し、資源だけを搾取し、労働者を文字通り奴隷にようにこき使った欧州列強の強制労働のイメージが自然に結びつく。「日本も同じようなことをした」というメッセージが読者に伝わっていくわけだ。

記者は1965年の日韓請求権協定には言及し、日本側の主張を書いているが、その重点は「日本は戦争犯罪を犯した国だ。その国は最終的に全ての責任がある」というトーンが根底に流れている。韓国最高裁の決定を紹介しながら、文在寅政権の立場を間接的に認めている。

「慰安婦問題」でもそうだ。日韓両国は慰安婦問題で合意し、日本側がアジア基金に資金を拠出した。韓国の文在寅政権がその合意を一方的に破棄したことには言及しているが、その背景、理由は全く無視しているから、ここでも「日本側が慰安婦を集めて女性たちを酷使したのだから、日本側に責任がある」という論理が自然に浮かび上がってくる。書かなくても、問題を提示するだけで、責任は日本にあるという論理が展開されるから、韓国側には万々歳だろう。詳細な成り行きが説明されれば、韓国側は弁明に苦慮するからだ。

「慰安婦問題」では、慰安婦という表現の発信先、朝日新聞の記者が恣意的に情報を操作し、慰安婦物語を創作していたこと、ベトナム戦争時の韓国兵士のベトナム人女性への性的犯罪、レイプ事件、ライダイハン問題にはまったく言及していない。戦争時の女性への犯罪というのならば、その規模、犠牲者の数でもベトナム人女性への性犯罪件数が圧倒的に多いが、ビショフ記者はそれについて一行も触れていない。

記者は多分、そんなことには関心がない。情報源の内容が誤報だったことが判明すれば、今回のような社説は書けない。社説の論理が崩れてしまうからだ。ビショフ記者は日韓報道での最新の歴史的検証の事実を削除したわけだ。

ビショフ記者は、「日韓両国関係の困窮はどちらの問題か」と自問した後、「新天皇が先週、父親の上皇と同じように、日本の戦争の過去について深い遺憾を表明し、恐ろしい戦争を2度と繰り返さないことを希望すると述べた」と書いている。同記者はその前に、慰安婦問題と強制労働問題に言及しているから、新天皇が強制労働と慰安婦問題に対し、謝罪を表明した、という風に受け取られてしまう危険が出てくる。

ちなみに、同記者は社説の中で「日本の戦争犯罪」という表現を使い、「安倍晋三首相は日本の戦争犯罪を可能な限り矮小化しようとしている」と記述している。

「戦争犯罪」といえば、欧州人ではナチス・ドイツのユダヤ人大量虐殺と結びつく。記者は日本の植民地下の問題をナチス・ドイツの戦争犯罪と同列視し、日本を批判していることが分かる。旧日本軍の戦争時の蛮行はあくまでも戦争下で起きたものであり、ナチス・ドイツのユダヤ人大量虐殺とは全く異なっている。オーストリアはナチス・ドイツと連携し、戦争犯罪を犯した共犯国だったこともあって、ビショフ記者は「旧日本軍も同じだ」という論点が基本にあるのだろう。大きな間違いだ。

記者は最後に、韓国内の民族主義、反日ルサンチマン(恨み)に言及し、「韓国は日本の過去問題で常にその要求のハードルを高くしている」と述べ、記事の公平さを保とうと努力している。ただし、「韓国の民族過激派は日本国内の民族主義者を支える結果となっている」と述べ、安倍首相に「歴史修正主義者」という刻印を押し付け、「韓国との和解の可能性を閉ざしている」と批判している。すなわち、日韓の歴史紛争は日本側の責任だというわけだ。

ビショフ記者の社説を読みながら、朝日新聞の誤報とNYTの反日記事がアルプスの小国オーストリアの代表紙、プレッセの社説にも大きく影響を与えていることが分かる。残念ながら、同記者独自の情報、論調は社説の中には見当たらない。

それにしても、駐オーストリアの日本大使館は何をしているのだろうか。香港の大デモ問題で駐オーストリアの中国大使がプレッセ紙に寄稿し、欧米の反中国論調に激しく反論していた。その反論の内容は中国共産党政権のプロパガンダに過ぎないが、中国大使は外交官としては愛国的であり、勤勉だ。

一方、ウィーンの日本大使館はどうしているのか。メトロ新聞や大衆紙の記事ではない。オーストリア代表紙の社説で日韓の歴史問題が言及されているのだ。間違い、誤解が見つかれば、プレッセ紙編集局に抗議し、必要ならば中国大使のように反論記事を寄稿すべきだろう。海外の日本外交官の無策、怠慢が日本の声を殺し、韓国側の主張がまかり通る最大の理由となっているのだ。今からでも遅くない。日本外交官は反論すべきだ。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年8月21日の記事に一部加筆。