8月10日、香港国際空港は、既に夜9時過ぎにも関わらず、自由を求める香港人の若者達でごった返していた。一体、何千人いるのか、旅行客よりも、デモ隊の人数の方が圧倒的に多い。デモは大規模ながらも平和的に行われており、大声で叫んだり暴れたりする事もなく、到着フロアで出国してくる旅行者にチラシを配りながら賛同を求めていた。旅行者から応援の声が帰ってくると、群衆からウォォーといううなり声が上がる。
見るからに普通の市民、普通の学生といった印象の彼らから危険な香りはせず、熱意だけが伝わってきた。殆どが若者で、子ども達もチラホラ見かけた。女性の割合も多い。それぞれにひたすら自由を訴えるメッセージをポストイット書き、レノンウォールのようにディスプレイしたり、チラシを配ったりし続ける。無理矢理に押し付けてくる事もない。あくまでも平和的活動を守る姿勢だ。
特に多くの人が配っていたチラシをいくつか受け取って読んでみたが、純粋に香港の自由が危機的である状況を市民や旅行客に呼びかけるものであった。皆が同じ内容をコピペしているのではなく、それぞれが自分の言葉で、5つの目標を掲げていた。表現の仕方はそれぞれ多少違うものの、その内容としては、大体以下のようなものである。
①法案の完全撤廃:
法案を保留し、長官が「法案は死んだ」とコメントするだけでは足りない。正式に法的な完全撤廃とすること。
②行政長官と行政府議会への直接投票制度導入:
700万人の市民を代表して1200人の選挙委員が代表を決めているが、委員の大半は中国政府や大企業の関係者であり、一般市民の声を代表していない。雨傘運動での敗退後も、香港立法会(議会)では反中派議員の締め出しが相次いだ。
③我々の法案反対活動を「暴動」認定した事の撤回:
暴動で検挙されると10年は刑務所入りとなる。だからこそ、我々の活動は暴力に訴えるものではなく、平和的に解決を求めるものである。
④警察の不当な取り締まりを調査するための、独立した調査機関の設置:
武力を持たない抗議活動者に対し、警官隊は催涙ガスやスポンジグルネード弾などで武力的制圧している。この虐待的制圧行為を調査するための独立した機関の設置を要求する。
⑤抗議活動者への刑罰の完全撤回:
これまで抗議活動者のうち44名が逮捕されたが、大半は10代〜20代の若者で、13人は学生だった。白シャツ軍団が、抗議団だけでなく旅行者や女性子供も含め、無差別暴動を行ったにも関わらず、彼らは不法集会罪で、しかもたった12名しか逮捕されていない。逮捕された抗議者の無罪放免を求める。
翌日11日深夜にも、デモは平和的に続いていたが、12日には、大規模な座り込みによる混乱が空港業務を害するとして全便欠航となった。どうやら、11日に香港市内で行われたデモにおいて、警官隊が、至近距離での催涙ガス発射や、ビーンバッグ弾を撃ち込んだりといった武力的制圧を行い、目を撃たれた女性が失明しそうだという情報が流れた。そして、SNSを通じて一気に情報が拡散すると、12日には怒りのデモ隊で空港内が埋め尽くされたのだ。
中国はこれをテロ行為と見なし、香港の隣の深センとの国境近くに大規模軍隊を配備し、「10分で香港に到達」できるとして、デモ隊を威圧。その後、18日には香港中心部で170万人もの人が集う大規模抗議集会が開かれた。全く揺るがない政府と武力制圧が過激化しつつある警官隊を相手に、非武装のデモ隊は要求が受け入れられるまで、ひたすら平和的活動を続けていくようだ。
一方で、長期かつ頻繁なデモ活動や空港閉鎖のために観光客が激減し、香港市内のホテルや飲食店などの大幅減収に繋がっており、経済混乱も始まっている。つまり、自由を求める市民たちの間でも、デモ活動が長引くことでの減収、失職などが相次げば、市内でのデモ活動への反発も起こりかねない。
なぜ、ここまで必死で抗議を続けるのか。今回のデモのきっかけであり、最重要事項である、「逃亡犯条例」について、普通の人は関係ないじゃないか、と思うかもしれない。だが、中国は共産党政権の一党独裁制国家である。2019年の経済的自由度ランキングでは、香港が1位なのに対し、中国は100位であり、中国の司法制度は、共産党政府の影響を強く受けていると指摘されている。すなわち、容疑者要件も共産党政府の裁量によって変わり得るため、状況によって誰でも容疑者とされる危険性があるということだ。
しかも、身内が文化大革命時代に迫害された人達は、尚更その危険性を理解している。だからこそ、平和的解決を求めているのである。
これは、特別行政区とされた香港の高度な自治・自由を守るための民衆の戦いであり、それがたとえ一部でも政府に奪われたら取り戻すことが極めて困難であることを、若者達は知っている・・・だからこそ、体を張ってでも逃亡犯条例を完全撤回させなくてはならないのだ。そもそも、香港では普通選挙さえも行われておらず、政府への直接的対抗手段が元々無い。ゆえにデモという形で、世界に向けて、香港政府の是非を問いかけているのだ。
日本も他人事ではない。福祉国家に向かい増税と借金を繰り返す政府によって、気付かぬうちに経済的自由度が奪われていく。子どもにツケを回し続けている政府に、若者達が反旗を翻す時が来るかもしれない。
今回の動きを受けて、米国議会では、貿易での優遇措置の妥当性を図るために、毎年米国務省が香港の自治権を検証するという法案が提出された。英国議会では香港市民に英国市民権付与の法案が提出された。日本としても、今後香港行政の中国化が進めば、現行の貿易条件の妥当性が問われる。「日本版『香港人権・民主主義法案』の議論開始を国会に求める運動」も始まった。日本でも、審議を始める時ではないか。
山本ひろこ 目黒区議会議員(立憲民主党)
1976年生まれ、広島出身、埼玉大学卒業、東洋大学院 公民連携学修士、東京工業大学 環境社会理工学院 博士課程在籍。 外資金融企業でITエンジニアとして勤務しながら、3人娘のために4年連続で保活をするうちに、行政のありかたに疑問を抱く。その後の勉強会で子どもにツケをまわさない行政改革に目覚め、政治の世界へ。2019年、目黒区史上初の5,000票超え、トリプルスコアで2期目のトップ当選を果たす。PPP(公民連携)研究所、情報通信学会、テレワーク学会、日本税制改革協議会に所属。夫が障害者となり、健康管理士取得。