リキッドバイオプシーを利用したがん診断が実用化されるのは時間の問題である。がん組織が得られない場合でも、安全に薬剤の選択ができるので、患者さんにとっては有用な方法である。また、治療効果の判定・術後のがん細胞の残存や再発の超早期診断へ利用可能であることは、これまでも繰り返して述べてきた通りだ。
それでは、がんスクリーニングはどうか?1年半ほど前のジョンス・ホプキンス大学の報告では、手術可能ながんでも60-70%は見つけられるとあり、擬陽性も1%未満だった。卵巣がんや肝臓がんなどの見つけにくいがんでも100%近い検出率であったことはこのブログでも紹介した。これが間違いないなら、何の問題もない。
われわれもリキッドバイオプシーによるがんのスクリーニングを目指しているが、この論文ほどスッキリとしていないのが現実だ。がん患者における異常検出率は論文と変わりないのだが、擬陽性がこれほど少なくないのである。
擬陽性とは、陽性(この場合には、リキッドバイオプシーで異常が検出された)と判断されたにも関わらず、がんが見つかっていないケースのことだ。もちろん、リッキドバイオプシー検査は非常に感度が高いので、画像などで検出できないがんが潜んでいる可能性は否定できないのだが、それだけでは説明できないほど、偽陽性率が高いのである。
この理由を説明するひとつの事象が、Clonal Hematopoiesisという現象である。和訳して「クローナル造血」といってもわかりにくいが、非常に大雑把に説明すると、血液の良性腫瘍と言ったところか?加齢と共に、ほくろやシミが増えるのもクローナル細胞増殖だ。
大腸に例えると小さなポリープのようなものだ。血液細胞はバラバラなのでポリープのような塊となって見ることはできないが、血液細胞が良性腫瘍のように増えても不思議ではない。加齢とともにこのようなクローナル造血は増えているようだし、この現象は喫煙者に多くみられるようだ。このクローナル増殖が擬陽性につながってくる。
したがって、血漿のDNAに見出された異常が、このようなクローナル造血に由来するのかどうかを見極めなければならない。検査としては、白血球も同時に調べれば、クローナル造血が原因の擬陽性を判断することは可能だ。
ただし、その分のシークエンスコストは間違いなく増える。擬陽性と判定された人のその後の精密検査費用とリキッドバイオプシー検査費用との比較が必要だが、擬陽性による心理的なストレスを考慮すれば、擬陽性を最少にすべきである。
がんの治癒率の改善には早期発見は欠かせない。血液検査で見つけることができれば、進行がんで見つかっている患者さんの割合を相当減らすことができる。進行がんで見つかって、治癒が期待できない治療に数百万円―数千万円のコストを使うよりも、治癒が期待できる段階でがんを見つける方が、患者さんにとっても医療経済学的にも望ましいと思う。
ただし、私のこの考えは直感的なものだ。現実的には、国レベルでのリキッドバイオプシーによるがん検診によってがん医療費を節減できる費用と、検査そのものの費用を計算して比較することが不可欠だ。残念ながら、このような経済学的考察をする能力は私にはない。多くの方が検査を受ければ、検査費用は下がり、ベネフィットが大きくなるのは確実だが。
編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2019年9月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。