私は、株式会社電力シェアリングという会社を2016年から経営していて、「ブロックチェーンを使って再エネ電力価値をP2P取引する」という事業を展開しているのですが、去る8月23日の日経新聞1面に、弊社事業の記事を掲載いただき、また、今話題の環境省からも プレスリリースを打っていただき、ありがたいことにその反響も大きく、関係各方面からお問い合わせをいただいています。
そこで、皆様から真っ先に聞かれるのが、「どんなブロックチェーン技術を使っているのですか」という質問です。ブロックチェーンは、分散型台帳技術あるいは分散型ネットワークと訳されます。ブロックと呼ばれる順序付けられたレコードの連続的に増加するリストを持っていて、そのブロックには、タイムスタンプと前のブロックへのリンクが含まれています。
理論上、一度記録すると、ブロック内のデータを遡及的に変更することはできないとされていて、ブロックチェーンデータベースは、Peer to Peer(P2P)ネットワークと分散型タイムスタンプサーバーの使用により、自律的に管理されます。
少品種の規格品を大量に生産して大量に輸送して大量に消費するというグローバル経済が立ち行かなくなり、デジタル経済が基盤となるシェア経済に世界のパラダイムが大きくシフトしつつある現在、多品種少量のロットを細かくトラッキングして、中抜き者を介さずに、売り手と買い手を直接繋げるというP2P取引や、その基盤としてのブロックチェーンあるいは仮想通貨は枢要なテクノロジーだと私も思います。
特に電力取引との親和性が高いのもその通りだと思います。電力の買い手は、どこの誰がどのように電力を創出したのかがわかるようになり、電力の売り手は、どこの誰がどのように電力を消費したのかがお互いにわかるようになるというのは、素敵な世界です。
電力&ブロックチェーンのパイオニアはカリスマエンジニアのギャビン・ウッド(Gavin Wood)です。彼は、仮想通貨イーサリアム(Ethereum)を2013年に世に出した創業者の一人で、契約をプログラムとして記述する「スマートコントラクト」という概念を、ブロックチェーンの分散環境で実現しました。ギャビン・ウッドは、仮想通貨バブルに嫌気をさして、電力分野こそが、ブロックチェーンを適用するのに最も効果的な領域だと目をつけ、仲間と一緒にEnergy Web Foundation を立ち上げたのが2017年です。
その前後から世界中で、そして日本でも、「ブロックチェーンを活用した電力のP2P取引」が最先端分野として大きな注目を集め、多くの大企業やベンチャー企業がこの領域に参入して競争に凌ぎを削っています。弊社もその一つです。
特に日本では、今年の11月(あとわずか1ヶ月あまりです)に、家庭用太陽光発電の固定価格買い取り制度(FIT)適用期間が終了する、いわゆる卒FIT需要家が2019年だけで53万軒も生まれ、それらが一軒ごとに個人取引を始めるものですから、まさに電力のP2Pだということで、ブロックチェーンに対する業界の期待感も最高潮に達しています。
私は、この状況はやや過熱ぎみの「ブロックチェーン・バブル」とも言える様相を呈しているのではないかと思うのです。それはまさに、1997年に沸き起こって、2000年に崩壊したITバブルを彷彿とさせます。
私は、丁度1996年から1998年の2年間、米国のシカゴ大学に留学してそのバブルに遭遇したのですが、誰もが熱にうかされたように、ドットコム産業を信奉し、ドットコム企業に就職し、大学の経済学の先生は、「ニューエコノミー理論」を提唱して、異常とも言える株式相場の暴騰を正当化していました。しかし、ITバブルは2000年前後にあっけなく崩壊します。日本では、光通信や平成電電、近未来通信などがありましたね。
誤解していただきたくないのですが、私は、ブロックチェーン自体の価値がなくなると言いたいのではないのです。ITバブルが崩壊しても、その死屍累々の中で生き残った、Microsoft、Apple、Google、Amazonなどの「本物のIT企業」は本物のIT革命を引き起こし、その後世界を制覇したように、本物のブロックチェーン関連企業は生き残り、IoT革命を牽引していくと思います。
ですが、「世界の電力&ブロックチェーン業界」は、「最も先端的な技術を制したものがビジネスを制覇する」という雰囲気があります。ベンチャー企業に出資する側も似たような感じで「キラリと光る技術はないか」と探しておられます。もともと電気工学という最先端テクノロジーが実装される業界なので、どうしても技術重視というか「いいものを作れば売れるはずだ」というプロダクトアウトの発想に引き寄せられてしまいます。
例えば、楽天やAmazonはIT革命の成功企業ですが、彼らが最先端技術を持っていたかというとかなり怪しいです。楽天やAmazonが成功したのは、マーケットイン、顧客体験を重視する考え方を貫いたからです。Appleだってそうです。iPodやiPhoneは技術よりも顧客体験です。Googleだって、検索エンジンとしては当時は相当な後手に回っていました。
私が考えるに、ブロックチェーンは「包丁」のようなものです。それも大変切れ味が鋭い。しかし、それはあくまでも料理を作る道具です。ついでに言えば、卒FIT需要家に提供しようとしている、「電力のP2P取引」は、例えばじゃがいものような料理の素材です。切れ味鋭い包丁でじゃがいもを切ったとして、レストランに来る顧客はちっとも嬉しくありません。
顧客が望んでいるのは、例えば「おいしいカレー」です。シェフがお客さんのテーブルに来て、「うちの包丁はこんなによく切れるんです。ほら、じゃがいももすっと切れる、みてください。」といってもお客さんは喜びません。「そんなことより早くカレー作って食べさせろ」と。
ですので、私の会社は、日夜カレーのルー作りに試行錯誤して、ようやく美味しそうなカレーができそうだと思って世に打って出たのですが、「そんなことより包丁見せろ」といわれると、ちょっと首をひねってしまうのです。
もちろん私の会社も相当有能な包丁職人を抱え、彼らが作った、切れ味の相当鋭い包丁を持ってはいますので、お見せするのはやぶさかではないのですが。私だって、ブロックチェーンについての蘊蓄を語るのは大好きで、3時間でも話し続けられます。私の頭の中では、ブロックチェーンは哲学の領域にあります。
こんな話もあります。ブロックチェーンを使ったトラッキングシステムは、RE100という「企業は100%再エネ電力を使おう」というイニシアチブがあるのですが、そのツールとして有効です。ある再エネ電力を売買する取引があったとして、「その電力は、本当にその特定の再エネ発電所で発電されたのか」という由来を証明し、さらに「その電力は、他の取引先にも二重に売られているのではないか」というダブルカウントの防止をします。
そこで、多くの企業がそのトラッキングシステムの開発に凌ぎを削っていて、RE100事務局に、「うちのトラッキングシステムは他所より性能が高いので、是非RE100にうちのも採用してほしい」という営業攻勢をかけているそうです。
しかし、考えてみればわかることですが、トラッキングシステムが増えれば増えるほど、ダブルカウントが発生しやすくなるので、意味がなくなってくるのです。だから、トラッキングシステムは1つの国では1つに絞るのが望ましいわけです。
ちなみに、先ほどの53万軒の卒FIT需要家ですが、関係者の話を聞くと、業界の熱狂とは裏腹に、「電力のP2P」とか「ブロックチェーン」にはあまり関心を示していないようです。「包丁」や「じゃがいも」の話をしても響かないのかもしれません。
卒FIT需要家をP2P取引に誘導するというのは、確かに絵姿としては綺麗なのですが、それを仲介する電力会社は営業や顧客管理システム・料金精算システムの構築・運営に膨大な費用がかかり、それ自体は大赤字のはずです。実際、いくつかの大手電力会社は、その見かけとは裏腹に、顧客が増えれば増えるほど運営費がかさむので、顧客を獲得する気は全くないとの声も聞こえてきます。他にも、「他がやっているから、なんとなくうちもやっている」という企業も結構いるようです。
私の勝手な分析ですが、そろそろブロックチェーンという包丁作り競争も終盤を迎えつつあるのではないかと思います。電力サービス事業者が、今までなぜブロックチェーン・システム自体の開発に凌ぎを削ってきたかというと、標準化された高品質の包丁がなかったからです。それは例えば、私が30年前に、会社で独自の計算プログラムを作るためにメインフレームコンピューターのキーボードでC言語を叩いていたようなものです。しかし、その後Excelという標準的な計算ソフトウエアが出てきました。ですので、Excelでマクロを組めばほとんど事足りるので、もう誰も自分でExcelプログラムを作ろうとはしなくなったのです。
ブロックチェーンにおいても、例えば、顧客関係管理(CRM)を手がけるクラウドサービス大手の米セールスフォース・ドットコムは、今年5月に、独自のブロックチェーン・プラットフォーム「セールスフォース・ブロックチェーン」を発表しました。Amazon Web Service(AWS)も、つい先月に、同社が独自に開発したプライベートブロックチェーンAmazon Managed Blockchainを発表しました。
Amazonは、アプリケーション開発の簡易化を目標としていて、AWS上で他のサービスと一連の流れの中で行うことができ、複雑なプロセスがなくなるとしています。これは、ブロックチェーンのExcelになる可能性があるのではと私は思います。ギャビン・ウッドがそのスピーチで「ドイツでは電力取引のために1日に9000のExcelファイルをマニュアルでやり取りしている、これを効率化するのがブロックチェーンだ」と述べています。要するに、誰が9000のExcelファイルを効率的に捌けるかという「Super Excel」作りの競争なのだと私は思います。
もちろん「大企業に取り込まれたシステムは、分散型台帳の趣旨に反する」「改ざんできる鍵穴があるんじゃないか」「ブロックチェーンに入る前にデータ抜いたり、変えられるのではないか」あるいは、「やはり電力取引には電力取引に特化した独自の台帳が必要」、などとの批判もあるかもしれませんし、それらはよく検証されるべきではあります。
いずれにしても、高品質のブロックチェーン・基盤パッケージを与件として、これからがブロックチェーン・アプリケーション作りの本格的な勝負が始まるのだと思います。私としては、今後とも秘伝のカレーのルー作りに精を出していきたいと思います。
株式会社電力シェアリング代表 酒井直樹
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