こういう内乱は、どこを切り取って見せるかで、その見え方が全然違うので、要注意。寧ろ、それを切り取って見せる筆者が、それをもって読者を、どう誘導しようとしているのか、を考えるべき。
冒頭から引用で恐縮だが、これは13日の東洋経済オンラインに載った「香港デモの若者を市民は見放しつつある」と題する、元テレビ朝日の高橋政陽氏の論考への読者コメントだ。
本稿では高橋氏の論考と、元朝日新聞の薬師寺克行・東洋大教授の韓国問題に関する論考と読んでの筆者の感想を書く。先ず抗議デモ側に飽くまで厳しい前者の論考。(以下、一部に要約あり。太字は筆者)
今年の「香港ジョッキークラブ」が「売上、入場者とも前年割れの不名誉な数字を記録」とし、「返還から22年たった今、“馬照跑”の公約を破ったのは中国でも人民解放軍でもなく、・・抗議活動を続ける過激派の黒シャツ隊、自称“勇武派”であることは言うまでもない」と始まる。
「馬照跑」とは英中の香港返還交渉で鄧小平が述べた「馬照跑(競馬もそのまま)」のこと。そして「その勇武派は黄之鋒、周庭に率いられる“香港衆志”の若者らが中心となり、抗議活動を過激化させている」そうだ。
デモ隊が空港や地下鉄に侵入した件では、「俺のハネムーンをどうしてくれるんだ!」と駆け足で空港へと急ぐ外国人の声や「もうあんな衝突に巻き込まれるのは真っ平御免!」との駅員の怒りを書く。
「こんな状態が続けばやっていけなくなる」という食堂店員の話を書き、「繁華街で黒シャツ隊が暴れまわる結果、外食中心で週末は家族、友人と団欒の食卓を囲む香港人は繁華街に足を運ぶことができなくなっている」と続ける。
そして結びの一文はこうだ。
100万人単位のデモ参加者を一網打尽にすることは現実的ではないが、香港警察が一部の先鋭化した集団を逮捕、拘束することはたやすい。足りなければ深センに結集した武装警察隊、人民解放軍に応援を求めればいいだけだ。
香港の一般市民の間に今、中国政府の軍事介入を非難せず、歓迎する雰囲気が徐々に醸成されている。
実に手厳しいが、11日に産経が掲載した「香港“自由への危機感が沸騰”著名民主派弁護士・何俊仁氏インタビュー」の話は趣が異なる。
デモ隊の過激化も指摘されているが、何氏は「市民は警察の暴力に対する嫌悪感の方が大きい」と主張。商店の略奪など個人財産への攻撃は一切ないとした上で、「市民は抗議の方法に同意はしなくても責めてはいない。弱者が抗議しているからだ」と語った。
高橋論考が「黄之鋒、周庭に率いられる・・」と述べる件にも、柯氏は「いくつかの小さなチームがあり、その中で討論したり、チーム同士が協力したりしている。明確なリーダーはいない様子だが、皆で効率的に協力し合っている」と対照的だ。
結びの「人民解放軍に応援を求めればいいだけ」も、柯氏は「中国側の恫喝は心理作戦だが、香港の若者には全く効果がない。インターネット上で彼らは、中国軍が香港に来たら家でゲームをして外に出ない。香港から出て行ったら街に戻ると言っている」と否定的だ。
読者コメントの「どこを切り取って見せるかで、その見えかたが全然違うので、要注意」との指摘通りだ。筆者は14日のAFP記事、「つえを手にデモ隊を守る、香港の“おじいさん”たち」にもいたく感動を覚え、「お前にできるか?」と思わず我が身に問うた。
「ウォンおじいさん」はつえを頭上にかざし、催涙弾の発射をやめるよう機動隊に訴えた──。85歳のウォンさんは、香港民主派デ… https://t.co/gUqwLtz0Iu
— AFPBB News (@afpbbcom) September 14, 2019
記事の写真には「“ウォンおじいさん”はつえを頭上にかざし、催涙弾の発射をやめるよう機動隊に訴えた」とある。85歳のウォンさんと73歳のチャンさんは「香港デモの衝突現場に姿を現し、機動隊とデモ隊の間に率先して身を置く」そうだ。
記事の結びにはこうある。
銅鑼湾で催涙弾が再び飛び交い始めると、チャンさんはウォンさんの手をぎゅっと握った。「死ぬなら一緒だ」と叫びながら衝突の中に戻らないようウォンさんを引き留めたのだ。・・(二人の)目的は若者の保護だ。しかしウォンさんらは、デモ隊に対しても警察を挑発しないよう強く求めている。
既に12歳の子供から70代の男性まで1,100人以上が逮捕され、多くは暴動罪で禁固10年が科される可能性もあるという。デモの参加者や逮捕者は、高橋氏が「朝日臭」ふんぷんで書くような「若者」だけでもないし、香港市民が彼らを「見放しつつある」訳でもなさそうだ。
次は、同じ東洋経済に10日に載った「止まらぬ日韓対立、興味本位では済まない現実 米韓同盟軽視、揺らぐ北東アジアの安保秩序」という薬師寺教授の論考。
初めにこういう一文がある。
文在寅大統領が指名した法相候補のスキャンダルなど韓国内政の混乱も加わって、日本国内では韓国報道がエンターテインメント化し、韓国を嘲笑の対象とするような次元の低い内容がもてはやされている。
しかし、韓国政府の一連の対応は興味本位で取り上げるようなレベルを超えている。
筆者も一度目は気付かなかった。が、再読してみて、今度は「エンターテインメント化」や「次元の低い」や「興味本位で」といった言葉遣いが鼻についた。韓国を批判する層を自分よりも一段低く見た表現だと気付いたのだ。
教授の韓国の現状認識が真っ当なので一度目は気付かなかったのだ。例えば「(韓国の一連の対応)は米韓の軍事同盟と1965年の日韓基本条約合意で作られた、北東アジアの安全保障秩序を大きく変えてしまう可能性さえ持っている」とある。
結論に至るまでのそれらしい記述を挙げれば・・
- 過去の過ちを認めず反省もせずに歴史を歪曲する日本政府、との文氏の認識は誤りだ
- 平和条約や領土画定条約などの重要な条約は、国際法的にも一方的な終了は認められない
- 日韓基本条約や請求権協定は重要な条約に当たる
- 文氏の対応は協定違反。それが原因で日韓対立があらゆる分野に広がっている
- 進歩派の文氏にとって保守派の遺産は全て否定の対象。日韓関係の外交的遺産も例外でない
- 同じことが米韓同盟にも起き、GSOMIA破棄の方が優先されるという発言まで出ている
だがよく読むと「朝日臭」が随所に漂う。「条約を破棄しないことと条約を守るかどうかは別問題」とか「対応は明らかに協定違反」とするのに「破棄できない以上、条約は守らねばならない」と書かず、「それが原因となって日韓対立があらゆる分野に広がっている」とする辺りだ。
青瓦台が「文大統領を筆頭に進歩派を代表する元活動家たちで構成されている」とするのは同感だが、「彼らもさすがに歴史を書き換えることはできないが、保守派が作り上げ今も残っている制度や仕組みを否定することはできる」には引っ掛かる。
彼らは「歴史を書き換えることはできない」と考えていないどころか、既に書き換え済ではないか。取り掛かっている「制度や仕組みを否定」の目的は、「韓国民の洗脳」であり、そのための「三権人事の布陣作り」や「日米との対立の状況作り」ではないのか。
そして「朝日臭」丸出しの結論。
日本も大きな危機の可能性に直面しているのであり、韓国の政治の混乱を揶揄し、喜んでいる場合ではないのである。こうした状況を打開し危機を回避するには首脳会談を繰り返すしかない。面と向かって口論になってもいいから、とにかく首脳が直接会って相手の考えていることを把握し、溝を少しでも埋めていく努力をすることが不可欠だろう。
戦後70年、日本だけが一方的に「溝を埋めていく努力」をして来たことが日韓関係を歪めた。「口論」は幾度もしたが、結局は日本が折れ根も葉もない慰安婦問題に幾度も謝罪した。だが、G20以降、日本は韓国との接し方を一変させた。ホワイト国外しのような強硬姿勢は戦後初だ。津波のような大波を被せたから韓国が仰天したのだ。
日本の韓国非難も、既存メディアは別だがネットのそれは決して「次元の低い内容」でない。日韓の来し方も文政権の問題点も理解した上でなければ、限られた文字数でウィットの効いたコメントは書けない。ツイッターなどは、頓珍漢なことを書けばすぐに炎上する切磋琢磨の空間だ。
薬師寺教授のように真っ当な現状認識を持ちながら無責任な結論を書くプロよりも、知識こそ劣るかも知れないが、将来の我が身を考えて自民党を支持するような若者の方がよほど切実で真剣と筆者は思う。
それにしても「朝日臭」の抜けない元社員の方がメディアに如何に多いことか。
高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。