電力自由化で電気料金は下がるのか?鍵を握るのは蓄電池

電気というのは考えれば考えるほど不思議な商品です。皆さん、例えば八宝菜が食べたくなって、八百屋さんに白菜を買いに行くとします。当たり前ですが、白菜の値段は毎日変動します。誰もそれを疑いません。だから安ければ買うし、高ければ買うのをやめて、ジャガイモが安ければ、肉じゃがに方針変更するかもしれません。

一方で、電気の値段は余程のことがない限り、一定です。例えば東京電力の標準的なプランだと1kWhあたり約30円です。しかも、消費者は、原則として、いつどれだけ使っても自由な訳です。しかしこれはとても不思議です。

例えば、台風直後でどんなに白菜が品薄になっても、あらかじめ決めた値段で好きなだけ白菜を買えるようなものです。これでは、青果市場から時価で仕入れる八百屋さんはたまったものではありません。しかも品切れになるのは許されないので、多めに仕入れなければいけません。

これを経済用語で言えば、コールオプション、すなわちいつでも好きなだけあらかじめ決められた価格で「買う権利を買っている」のです。皆さんはラッキーと思われるでしょうか?

しかしうまい話には必ず裏があります。電力会社もバカではないので、絶対に損しない料金を定めています。つまり、消費者は電力会社の背負うリスクの分だけ、原価よりも高く払わされているのです。これが一重目のリスクプレミアムです。

ところが、電力自由化で、発電会社と小売会社に分けられて、卸売り市場が出来ました。それまでは一つの会社だったので、小売会社がどれだけ仕入れる必要があるかを発電会社は事前に知らされていて、それに基づいて例えば火力発電所の出力の調整を準備することができました。

しかし、卸売り市場は翌日使われる電気を取引するので、発電会社は売れるかどうかわからないし、どのくらいの量が売れるかどうかわからなくなってしまうので、そのリスクを販売価格に上乗せして電気を売るようになります。その価格は、最終的に消費者に転嫁されます。これが二重目のリスクプレミアムです。

しかし、市場全体で見れば、翌日の例えば関東地方全体の需要は読めるし、重油やガスタービンの火力発電所は1日あれば発電量を調整できるので、そのリスクプレミアムは比較的軽微でした。ところが、そこに再生可能エネルギーが入ってくると話は別です。特に太陽光発電が近年大量に導入されています。 すると何が起きるでしょうか。

例えば、夏の暑い日に消費者はキンキンにエアコンで冷房しています。真昼はむしろ太陽光でバンバン発電されていていいのですが、お日様が陰ってきた午後4時半ごろに急に太陽光による発電がゼロになりますが、消費者のエアコンは止まりません。夕方もまだ暑いので。

その夕方の2時間だけ発電してくれる奇特な事業者はいないので、卸売り市場では需要が供給を大幅に上回り、実際に去年の夏の西日本の午後5時分の取引で1kWhあたり100.02円にまで価格がスパイクしました。

自由化していなければ、いい意味で丼勘定で吸収できていたリスクが顕在化するわけです。この時、100円で仕入れて30円で売る、つまり売れば売るだけ70円づつ損をする逆ザヤが発生します。これが再エネ&自由化が巻き起こす三重目のリスクプレミアムです。さすがに、電力会社はそこまでのリスクを織り込んでいないので、その無間地獄に恐怖を覚えます。

電力会社は、金融技術には余り通じていないので、そこにこの日経新聞の記事にあるように、保険会社が登場します。

「私たちの保険数理技術を駆使して、価格がスパイクしたら、その分保険金を払ってあげましょう」

これで電力会社は一安心ですが、保険会社はそこから利益をあげる必要がありますから、保険会社の利益分がその保険料を通じて電気料金に転嫁されます。これが四重目のリスクプレミアムです。

電力が自由化されなければ、この2〜4重目のリスクプレミアムは支払わずに済んだわけです。なまじ自由化したばかりに、小売事業者、発電事業者、保険会社が登場して、それぞれが部分最適を追求することで、全体の効率性に逆バネが働いているわけです。市場化による競争原理の導入でこれを相殺するベネフィットが生まれるかによって消費者の電気料金が上がるか下がるかが決まります。

付言すると、例えば先物市場・調整力市場・容量市場の導入など、そのリスクプレミアムを減じる為の手当ては講じられています。

実は、この歪んだ市場構造を是正する特効薬があります。それは、そこそこ大きな消費者が家の敷地内に蓄電池を設置して、それを電力会社かアグリゲーターという事業者に自由に制御させることです。業界ではこれをクラウド蓄電池と言います。

まず、保険会社に保険料を払うくらいなら、その分価格がスパイクしそうになった時だけ、事前に電気を貯めておいてもらって、その時間に放電して、系統の電気を使わないでもらえば、保険会社の取り分だけ節約できます。

そして、こうした蓄電池がある程度普及すれば、そもそも再エネによる大幅な価格変動が起きなくなるので、その分、三重目のリスクプレミアム、すなわち電力会社の恐怖の代償をなくすことができます。

さらに、相対峙する火力発電事業者も、小売事業者も、蓄電池というバッファーがある分、将来の予見性が高まり、疑心暗鬼にならなくて済むので、二重目のリスクプレミアムも相当程度なくすことができます。

加えて、消費者宅に蓄電池を入れることで、「白菜の値段が高い時は、白菜を食べないでもらう」という当たり前のことが可能になり、「買う権利を買う」第一のリスクプレミアムも相当程度なくすことができます。

今、家庭用蓄電池システムの値段は、CATLやBYDなど中国勢の市場参入で、ダンピングと言ってもいい価格破壊が起きていて、10kWh70万円を優に切る取引も成立しているという情報もあるので、電力市場の全体最適を単純にそろばん勘定で考えれば、この蓄電池投資は10年で元が取れると私は試算しています。もちろん、その妥当性については各論あるのは認めます。

しかしながら、「白菜の値段は、いつでも、どんな量でも定額」という業界慣行がまずもって是正されなければそれは実現されません。一方でそこに経済合理性がある以上、いつかは必ずビジネスが成立するはずなので、色々な方々と日夜頭を捻らせていただいております。

株式会社電力シェアリング代表 酒井直樹
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