AIやビッグデータを活用し、金融決済、行政手続、交通、医療、教育、エネルギーなどの様ざまな分野間データ連携を都市全体で「まるごと」行おうとするのが日本政府が推進する「スーパーシティ構想」だ。官邸のHPでは、スーパーシティ構想に関して、実際の市民生活に関わる具体的な事例を示している。
例えば、その都市区域内で行われる商取引(コンビニの買い物やランチなど)の決済すべてがキャッシュレスで行われ、区域内の車両はすべて自動走行・自動配送、ゴミ出しも曜日問わず自動収集、医療や介護も遠隔で行われ、教育も各自に合わせたコンテンツをネットで配信、行政手続も個人端末ですべて完結できるようになるという。スーパーシティという名称はSF的だが、その中身は明らかに「手が届きそうな未来都市」なのである。
しかし、その実現には数々の障壁も少なくない。国家戦略特別区域法改正などの法整備はもちろんだが、それ以上に懸念されるのは住民の合意形成についてだろう。
カナダのトロント郊外では、グーグルの親会社(Alphabet)によるスマートシティ計画が進められているが、あらゆる場所で人やモノの情報を集め、そのデータを私企業や政府機関が管理・運用することに対しての地元住民や企業などの反発は根強い。BBCによれば「カナダはグーグルの実験用マウスではない」として、カナダ政府などを相手取って訴訟を起こした団体(カナダ自由人権協会)もある。
トロント同様、個人のデータが大量に収集され、それを私企業や国等が勝手に利用したり管理することに対しては当然日本でも拒絶感や恐怖感が強い。本年8月、リクルートキャリア(本社 東京都千代田区)が就活生の内定辞退率を予測したデータを企業に販売して社会的な批判を浴びたことは記憶に新しい。就職活動を支援するサービスだと思って提供した個人情報が、知らない間に別の目的に商用利用されるのが当たり前の社会に恐怖を感じるのは筆者だけではないはずだ。
スーパーシティの実現に不可欠なビッグデータの活用には、人やモノの情報をあらゆる場所から集めることが必要になる。中国の杭州市では、アリババ系列会社が行政と連携し、交通違反や渋滞対策に道路ライブカメラ映像のAI分析を活用している。AIが異常を検知すると、一日で最大500件の自動通報が警察にあるとのことだ(参照:内閣府「スーパーシティ」構想について)。あおり運転が社会問題化している日本でも道路へのライブカメラ設置は議論の余地があるが、そうなれば道路上では誰もが常に行政と私企業に監視されることになる。
ここで、あらためてスーパーシティ構想とは何なのかを問うてみたい。
本稿の冒頭で触れたとおり、スーパーシティ構想とは、キャッシュレス社会、車両の自動走行・自動配送、ゴミの自動収集、医療介護の遠隔システム(問診・相談)、教育コンテンツのネット配信、個人端末での行政手続などの実現だが、これらに「あらゆる場所から人やモノの情報を収集」することがなぜ必要なのかも丁寧に議論すべきだろう。もちろん上記はスーパーシティ構想の一例でしかないかもしれないが、せっかくの未来都市が私企業と行政による情報監視社会への入口になるなら何の魅力も感じない。
日本はスーパーシティの都市インフラ整備についての必要な技術要素を十分に備えている。法整備が進めばスーパーシティ構想の実現にスピード感をもって取り組んでいくことも不可能ではないだろう。大量な情報の管理・運用・保安についても同様だ。だからこそ、「スーパーシティ構想の実現=都市間競争力強化」という構図だけにとらわれるべきではない。
例えば中国が、個人情報の収集に長けていたり国家主導のプロジェクト遂行スピードが速く、そこで中国に第四次産業革命の先行を許したとしても、それを都市競争力の脅威と捉えるべきではない。日本も先述したカナダも民主主義国家として、先端都市計画に向けた住民(国民)の合意形成に時間をしっかりかけていくことこそが健全な未来都市形成ために必要なのではないだろうか。
ただし、そのスタートが早ければ早いほど望ましいのは言うまでもない。第四次産業革命はすでに世界の潮流なのだ。今秋の国会で関連法案の成立を期待したい。
高幡 和也 宅地建物取引士
1990年より不動産業に従事。本業の不動産業界に関する問題のほか、地域経済、少子高齢化に直面する地域社会の動向に関心を寄せる。