サウジ石油施設攻撃:世界の政治では事実より「国益」

長谷川 良

サウジアラビア東部の国有石油会社「サウジアラムコ」が9月14日、無人機とミサイル攻撃で爆破されて以来、サウジ当局を中心として犯人探しが行われてきたが、サウジ国防相当局が18日公表したところによると、爆発現場から回収された無人機やミサイルの破片などから18機の無人機と7発のミサイルが使用され、飛翔体は北から南に向かっていたという。

このことから、イエメン反政府軍の仕業というより、それを支援するイランがサウジ攻撃を実施した可能性が高いと推測されている。それに対し、イラン側は「わが国は関与していない」と犯行を否定している。

▲米国内多発テロ事件の追悼で(2019年9月11日、ホワイトハウス公式サイトから)

米国はサウジと連携して石油施設攻撃の犯人捜しを進め、「イランの関与が濃厚」と判断したが、「断言」は控えた。その一方、トランプ米大統領は「48時間以内にこれまで最高の制裁を課する」と宣言し、具体的には、①イラン中央銀行への制裁、②防衛強化を目的とした米軍の派遣決定、等を決めたばかりだ。

すなわち、トランプ氏は対イラン制裁強化を実施する一方、イランとの全面戦争に発展する軍事力の行使を控えている。次期大統領選挙が近いトランプ氏にとっては対イラン戦争はリスクが大きすぎるわけだ。

トランプ政権がイランの犯行と「判断」する一方、「断言」を控えたのは、証拠が不十分だ、という純粋な科学的根拠によるものより、トランプ氏自身の政治的思惑、計算が強く働いているからだろう。

断言すれば、「なぜ米国はイランに報復攻撃を行使しないのか」という当然の疑問が飛び出し、米国の中東での威信も傷つく。警察捜査当局がよく言う「限りなく黒に近い灰色」という段階で犯人捜しを中断するのが理想的というわけだ。

トランプ氏にはイラク戦争(2003年3月~11年12月)の後遺症が払しょくできないこともあるだろう。フセイン政権が大量破壊兵器開発を行っているという自国情報機関の情報に基づいて対イラク戦争(イラクの自由作戦)が始まったが、イラク国内には大量破壊兵器は発見できなかったうえ、米軍兵士に多くの犠牲者を出した、という苦い体験がある。トランプ氏はブッシュ政権の二の舞を踏みたくないという思惑、計算が働いただろう。

政治の世界では事実より、その時の政治的思惑、指導者の計算が優先されるケースが多い。誤解を恐れずに言えば、政治の世界では事実より、その時の国益が優先する。事実の解明はあくまで建前であり、メディア向けの表明に過ぎない。

ところで、サウジの反体制派ジャーナリストのジャマル・カショギ氏が昨年9月末、トルコのイスタンブールのサウジ総領事部内で殺害された事件で、トルコ側は事件当初からサウジ当局の仕業と断定、事件の背後にはサウジのムハンマド皇太子がいると断言し、国連安保理事会に対サウジ制裁の実施を要求した。

それに対し、サウジ側は同国工作員の犯行を認めたものの、ムハンマド皇太子の関与については終始否定した。ちなみに、ムハンマド皇太子は国際会議に出席するなど、カショギ殺人事件でダメージを受けたイメージの回復に努めている。

興味深い点は、米国の姿勢だ。トランプ大統領はサウジのカショギ殺人事件ではムハンマド皇太子の関与を否定し、対サウジ制裁を回避。サウジ石油施設攻撃では、イランの関与を断言せず、あくまでも推測の域に留めている。米国にとってサウジは米国製武器の最大の顧客だ。そのサウジの将来の国王、ムハンマド皇太子を追い詰めれば、サウジ王室内で内乱が起きる危険性も排除できない。

油田爆発ではイランの仕業と断言すれば、武力行使を避けられなくなる。だから、サウジが後押しするイランへの武力制裁に対してトランプ政権は消極的な態度を取ってきた。対イラン戦争が中東全般に拡大する危険性が高いからだ。米国は事実解明より、明らかに国益重視だ。国益を損なう事実が見つかったとしても、それを灰色に留め、そのために隠蔽工作をも辞さない。

もちろん、「事実」より「国益」重視は程度の差こそあれ、どの国の外交も同じだろう。例えば、アムステルダムから飛んだマレーシア航空17便が2014年7月17日、ウクライナ東部上空で撃墜され、298人全員が死亡した事件は、ロシア製の「ブーク」ミサイルによると判断され、ウクライナ東部のロシア武装勢力が撃ち落としたと判断されたが、ロシアのプーチン大統領はロシア側の関与を否定してきた。

国際事故調査委員会ではロシア武装勢力のミサイルと断定され、現地視察を要求。ロシアは終始、民間航空機の墜落事故との関与を最後まで否定した。プーチン氏にとって、ウクライナ東部の親ロシア武装勢力を擁護することが墜落事故の事実解明より重要だからだ。

政治の世界では政治家のスキャンダルが発生すると、調査委員会が設置され、関係政治家の汚職、犯罪を追及するが、事実の解明はその時の政情、指導者の動向に大きく左右されることが多い。事実は政治ではあくまでも脇役を演じるだけで、事実が主役を演じ、政治を左右するといった展開は非常に稀だ。その意味で、過去において現職大統領ニクソンが辞職に追い込まれたウォーターゲート事件(1972年6月)は稀なことといわざるを得ない。

ジャーナリストの調査報道の大きな成果だが、その結果、米国は歴代大統領の中で最高の外交センスを有していたニクソン大統領(当時)を失うという代価を払わざるを得なかった。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年9月23日の記事に一部加筆。