自動車産業は重層な下請け構造とすそ野の広さ、雇用者数からしても自動車生産国においては極めて重要な業態とみなされています。英国のEU離脱に伴い、英国に進出していた自動車会社の撤退や製造の見直しの発表をするたびに大きく報じられるのは地域経済に大きな影響を与えるからでしょう。
そういう意味では、今後も期待される新興国市場では経済向上と共に自動車販売向上が期待されるというシナリオはありますが、果たしてそれが本当に持続可能な状態にあるのか、考えてみたいと思います。
我々が今乗る自動車は過去100年かけて進化してきたものです。フォードがT型フォードと呼ばれる量産自動車の原型を作ったのは1908年。この車が1500万台も発売され、その後のモータリゼーションに火をつけました。一消費者として私の認識は70年代ぐらいから快適性や安全性、燃費や付加価値に対する開発競争が世界で加速されました。一般消費者レベルとしては今の自動車はどこを見ても十分なレベルまで到達したと考えています。
これは携帯電話、スマホの成長過程にその縮図を見出すのも可能です。そこに隠された課題とは長い産業成長過程においてその世代に生きる人がその製品と自分の人生に大きなオーバーラップさせることができ、高額の商品が社会に溶け込んでいたと表現したらどうでしょうか?
平たく言えば人の成長と共に自動車があり、数年たてば次々と欲しくなる車がどんどん発売され、向上意欲を掻き立てるということです。「いつかはクラウン」なんですね。数ある選択肢からローンを組んで「愛車」として大事に乗るのは家族の一員のような愛着すらあったわけです。スマホも同じで片時も放さず、数年間、自分の分身としての役割を果たしてくれるのと同じです。
これは人と産業の成長過程が「同期している」とも言えないでしょうか?ところが例えば中国に於いては突然ある程度完成された自動車が経済成長と共に外国から現れます。スマホも同じです。するとそこには成長過程を共に歩まない完成された「道具」としての価値観しか生まれないと考えています。
東南アジアの自動車販売に一部陰りが見えていると報じられています。7月はインドネシアが前年同月比-17%、マレーシアー26%、タイ-1%などとなっています。それぞれの国内経済事情によるものと思いますが、それらの国において国民が自動車と共に成長するという発想はないですから、「道具」が買えるかどうか、というより現実に即した話になるのだろうと思います。
ところで自動車の寿命は長くなりました。日本では車の買換えは8年強、平均使用年数ですと13年強になっています。長くなった理由はいろいろあると思います。クルマそのものがメンテさえきちんとすればかなり長持ちすることもあるでしょう。もう一つは高齢者層が車の買換えをしなくなっているのもあるとみています。
とすれば本来であれば若者への自動車購入意欲増大を図るのが重要ですが、今の若い人にとって自動車は移動手段以外の何物でもなく、それが高級車か中古車かはこだわらない傾向は相当強い気がします。そもそも興味がないのです。例えていうなら私に高級な貴金属を見せるようなもので「へぇ、だから?」になってしまうのです。(まさに「豚に真珠」です。)
トヨタが新型カローラを発売し、コネクトカーとして、あるいはデザインを若者にアピールし、3ナンバーとするなどトヨタの真面目さをしっかり見せつけてくれました。でも私は市場へのインパクトは薄いとみています。
私のレンタカー部門、今年の最大の変化は「ほとんど誰も外付けGPS(ナビ)をオプションで借りなかった」ことにあります。スマホがあるからいらない、と言われるのです。ベンツやBMWの標準装備のGPSも設定がやや面倒くさいこともあり、普通の白人のお客ですら「そんなのいらないよ、スマホ使うよ」と言われるのです。あくまでもクルマは移動手段と割り切っているのです。
アメリカやカナダのように生活手段としての需要、および道路などのインフラが十分にあるところは今後も安定した需要を見込めます。ところが、例えばインドやインドネシアでモータリゼーションが起きても大渋滞で身動き一つできません。中国も当然ながらそれを経験しました。これは車を買いたいという意欲を大きく減退させます。
繰り返しますが、T型フォードが1908年に生まれた時からアメリカは自動車社会を前提に国づくりを進めたのです。一方、新興国のインフラはそもそもそんなものありません。だけど突然消費者の経済力が上がったからといって道路が増え、高速道路が充実するわけではないところに第一歩の間違いがあるのではないかと思います。
自動車はあくまでも移動手段の一つであり、人々は最も効率的な方法を考える一つのオプションとして車を選択するようになるとみています。(グーグルマップで二点間の移動方法を検索すると車はオプションの一つでしかないですよね。あれです。)自動車販売に於いて数をこなす時代はもはや過ぎ去りつつあるとみています。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2019年9月23日の記事より転載させていただきました。