組織の経営トップないし、それに近い立場の人間は、その組織の運営に極めて大きな影響力を持つ。そういう立場の人間が、信頼され、その地位に相応しい責任感と倫理観を持って、職務を行うことで、組織の健全な運営が可能になる。
日本社会を揺るがす極めて重大なかつ深刻な不祥事となっている関西電力幹部の金品受領問題。先週、10月2日に行われた2回目の記者会見で、目の当たりにした岩根茂樹社長と八木誠会長は、かつて私がコンプライアンス講演で直接の接点のあった人達だった。
しかし、会見で見た彼らの言動は、残念ながら、全く理解できないどころか、異様なものだった。彼らが関電の経営トップの地位にとどまっていること自体が、関電という企業にとっても、日本社会にとっても、極めて有害であり、到底許容できないものである。
しかし、岩根社長も八木会長も、それ以外に多額の金品を受領した関電幹部も、辞任する気配は全くない。
なぜ、このようなことがまかり通っているのだろうか。
その背景にある、関西経済界と関西検察OBとの「深い関係」に注目する必要がある。
「異様な空間」だった関電記者会見
10月2日、私は、福田多宏氏の法人税法違反事件の控訴審判決を一週間後に控えて、午後2時から、大阪司法クラブで記者会見に臨んだ(【福田多宏氏控訴審判決で問われる「刑事司法」「検察改革」の現状】)。ちょうど、その場に、ここのところ、インタビュー記事【郷原弁護士が読み解く「かんぽ不適切営業の本質」】など継続的にコメントをしている東洋経済のデスクが来ていた。
40分程で会見が終了した後、同デスクから、「近くで行われている関電の記者会見に向かうので、同行して、関電の会見についてコメントしてもらえないか」と依頼され、関電の会見場に向かった。東洋経済のコメンテーターとして受付を済ませ、会見場に入った。
最前列では、社長・会長ら関電幹部が会見に臨んでおり、広いホールはマスコミ関係者で埋め尽くされていたが、僅かに残っていた空席をみつけて着席し、2時50分頃から約1時間半、質疑応答を聞いた。
【関電金品受領問題、記者会見のポイント~「会社役員収賄罪」としての“犯罪性”に迫れるか】の末尾でも述べたように、私自身、かつては、電力会社のコンプライアンスには深く関わっており、関西電力からもコンプライアンスに関して依頼を受けることが何回かあった。社内のコンプライアンス講演も3回行い、2010年2月には、関電本社の役員会での講演も行った(その後2011年に九州電力第三者委員会の委員長を務め、報告書に九電経営幹部が反発して対立が表面化した後は、電力会社からの私への依頼は全くなくなった。)。
当時、八木氏は取締役副社長、岩根氏は常務取締役で、私が講演を行った際も、役員会に出席していた。その講演で、私は、
コンプライアンスは、「法令遵守」ではなく「社会の要請に応えること」
という一般論に加え、当時、電気事業・保険事業・放送事業等の公益的事業で相次いでいた企業不祥事に関して、
公益的事業においては、『法令遵守の範囲内で自由競争に委ねる』という単純な考え方は適合しない。多数の重要な社会的要請の実現に取り組み社会からの信頼を確保することが不可欠
ということを強調した。岩根氏と八木氏を含む役員会のメンバーは、誰しもが私の話に真剣に聞き入ってくれていた。
ところが、10月2日の関電の記者会見で目の当たりにした岩根社長、八木会長の発言は、関西財界を代表する企業の経営トップとは到底思えないものだった。
配布された会見資料の中に、昨年9月の「調査委員会報告書」が含まれていた。その委員長の名前に「小林敬弁護士」と書かれているのにも驚いたが、問題は、その中身だ。金品の受領も、
原発立地地域に強大な影響力を持つ高浜町元助役森山栄治氏の度重なる恫喝のために受領したもので、関係を損ねないように「機会をうかがいながら返還しようとしていた」
などと、関電側は、被害者のように書かれている。
そして、そのような報告書の内容についての質問に、岩根社長と八木会長が答えている。
記者から、「現金、商品券、米ドル、金貨とか、おびただしい種類の金額のものを、この人はどこかからお金を持ってきているのか、どのように認識されていたんでしょうか。」という当然の質問があった。
それに対する答えは、
そこの出資元につきましては、考えのおよびつかぬところでございます。(岩根社長)
森山氏が私どもに持ってきた金銭の出どころがどこにあるかは分からない。従って、分からないということであります。(八木会長)
というものだった。
森山氏が持ってきている夥しい額の現金や金貨の原資は「全くわからない」というのである。森山御殿の庭から、金がザックザックと湧き出てくるとでも言いたいのだろうか。
そんな言い訳が通らないことは小学生でもわかる。
さらに、記者から「還流かどうかはともかくとして、家庭向けの電気料金の値上げをして顧客から負担を強いているという状況で、関電の幹部が数千万単位の金品を、何年間にもわたって受け取っていた。国税も、預かったんではなく受け取ったという認定をしていることついての受け止めはどうでしょうか。」と聞かれると、
われわれの認識としてはお預かりしているものでございまして、別に管理をしているものでございまして、必ず返すというものと認識してございます。まだ残っている部分も含めまして、必ずご遺族のご理解を得て全額返して、こうしたことについての影響がないようにやってまいりたい。(岩根社長)
利用者に電気料金の値上げの負担をかけている一方で、多額の金が、関電幹部の下に還流してきていたという事実をどう受け止めるか、と聞かれているのである。森山氏の遺族に返したところで、関電の利益にはならないし、電気利用者にも還元されない。
岩根社長、八木会長は、そのような、まともな社会常識を備えていればあり得ないような「言い訳」を、悪びれることなく続けている。
その様子を見て、私は、眩暈がしそうだった。これが、9年前に、私のコンプライアンス講演を聞いてくれていた関電役員なのだろうか。
しかも、記者たちも、質問者も多く、質問事項も多いので、一つの質問への答が納得できなくても、さらに質問をすることはほとんどない。会見場では、あたかも、そのような答えが、まかり通っているように思える。
まさに「異様な空間」だった。こういう人たちが、関電の経営トップとして「君臨」している。そして、その会社が、福島原発事故のように地域社会を崩壊させてしまう、取り返しのつかない重大事故を起こしかねない「原発」の運営を行っている。私にとっては、想像したくもない、そして、我々の社会において決して容認することができない事実だった。
「不適切だが違法ではない」との考え方は通用しない
岩根社長は、今回の問題について、「不適切だが違法ではない」ということを強調した。確かに、森山栄治氏や吉田開発との関係も、法令や社内規則のどの規定に、どのように違反するかと言えば、今のところ、明確ではない。
しかし、原発を運営する事業者にとっての「社会的要請」との関係からは、全く容認できるものではなかった。
かつて、原発の安全神話が多くの人に信じられていた時代であれば、地元の有力者に金をばらまいて原発の建設や稼働への了解を得るというやり方も、「エネルギーの確保」という社会の要請に応えるという大義名分のために、事実上、容認されてきた。
しかし、福島原発事故で「原発安全神話」が崩壊し、原発を運営する電力会社の「信頼性」が重要となる中で、原発立地地域に不透明な金をばらまくことも、社会が認めるものではなくなった。ましてや、その資金の一部が電力会社幹部に還流していたなどという今回の問題ほど、電力会社に対する信頼を崩壊させるものはない。「社会的要請に応える」というコンプライアンスの観点からは、最低・最悪の行為である。
9年前、役員会での私のコンプライアンス講演を聞いてくれていた人たちであれば、原発を運営する電力会社幹部が引き起こした今回の問題について、「不適切だが違法ではない」という「言い訳」が通用しないことがわからないはずはない。
「違法ではない」と言い切れるのはなぜか
それなのに、関電経営陣は、辞任する姿勢を全く見せない。
そこには、自分達の行為が、「司法判断」や「第三者委員会の判断」で「犯罪」や「法令違反」とされることがないという見通しがあるからだろう。
関電の取引先事業者の関係者から、多額の金銭を受領していた事実が明らかになっているのであるから、通常であれば、何らかの形で違法の判断を受け、或いは、刑事事件で逮捕・起訴される可能性を認識するはずだ。しかし、関電の経営幹部の態度からは、自分の行為が違法とされるリスクを認識しているようには思えない。
確かに、これまでの記事でも述べているように、「会社役員の収賄罪」(会社法967条)には、「不正の請託を受け」という要件のハードルがある。また、山口利昭弁護士が【関西電力裏金受領事件-やっぱり「お天道様は見ている」】で指摘する、「経済関係罰則の整備に関する法律」という古い法律の収賄罪の適用については、「電気事業、瓦斯事業其ノ他其ノ性質上当然ニ独占ト為ルベキ事業ヲ営ミ」という文言との関係で、電力自由化後の電力会社役職員に適用されるのかという問題がある。
しかし、これらの罰則が、現在も法的に有効なものであることに疑いはないのであり、その適用の可否をギリギリまで判断すべく、真相解明のための捜査に速やかに着手するのが、検察官として当然の責務だ。また、関電の高浜原発関連の工事発注における競争制限行為に関連して、公取委と連携して独禁法違反による摘発を行うことを検討する余地もある。
しかし、「大阪地検特捜部」には、そのような動きは全く見られない。
そして、関電幹部の姿勢は、そのことを見通しているようにも思える。その見通しの背景にあるのは、関電を中心とする関西経済界と関西検察OBとの「深い関係」であろう。
なぜ調査委員会委員長が「(元大阪地検検事正)小林敬弁護士」なのか
今回報告書が公表された調査委員会の委員長が、元大阪地検検事正の小林敬弁護士であることが明らかになった。記者会見での岩根社長の説明によると、小林氏は、かねてから関電のコンプライアンス委員会の委員を務めているとのことだ。
10月5日放送のTBS「報道特集」で取り上げられた関電の内部事情に精通した人物によるとみられる「内部告発文書」によれば、
「コンプライアンス委員会が隠蔽のための作戦会議と化している」
とのことであり、その「隠蔽のための作戦会議」に加わっていた委員会のメンバーが小林氏ということになる。
小林氏は、大阪地検検事正として、村木事件の証拠品のFDデータの改ざん問題について、当時の大坪特捜部長らから、「過失によるデータ改変」と報告されたが、何の措置もとらなかったことの責任を問われ、減給の懲戒処分を受けて辞任した人物だ。
大坪氏・佐賀氏らが犯人隠避で逮捕・起訴され有罪判決を受けて法曹資格を失ったのに対して、小林氏は、懲戒処分を受けただけだった。それは、大坪氏らから「過失によるデータ改変」と報告されたために過失としか認識しなかった、という理由によるものだった。
しかし、2013年9月25日に大阪高裁で言い渡された大坪氏らの控訴審判決は、
小林及び玉井は、被告人両名の報告が、前田の行為により過誤による改変が生じたとの内容にとどまったとしても、大阪地検の最高幹部として、重大事件における最重要の証拠であるデータに手を加えたという重大な不祥事との認識を持って、被告人両名に対し、真相の解明を急ぐなど迅速な対応を指示するとともに、上級庁にも直ちに報告すべきであった。
と判示し、「過失によるデータ改変」を見過ごした小林検事正と玉井次席検事の責任を厳しく指摘している。
大阪高裁判決は大坪氏・佐賀氏からの報告で、少なくとも「過失によるデータ改変」との認識はあった小林検事正が、その事実を上級庁に報告しなかったことについて、重大な責任があると指摘しているのである。
しかし、小林氏の対応は、検察組織にとっては好都合だったと言える。「過失によるデータ改変」が仮に、報告されたとしても、高検・最高検が自主的にその事実を公表したとは思えない。結局のところ、組織として「隠蔽」は変わらなかったと考えられるのであるから、小林検事正が、「過失によるデータ改変」を上級庁に報告せずに「隠蔽」したことは、不正行為についての認識を大阪地検内部にとどめ、大阪高検・最高検に責任の拡散させずにとどめ、当時の高検・最高検幹部を救った功績とみることもできる。
当時、特捜部長・副部長だった大坪氏・佐賀氏は、犯人隠避罪で有罪が確定して法曹資格を失い、次席検事だった玉井氏は、大坪氏らに責任を押し付けたことで心労がたたったのか、辞任後まもなく急死した。つまり、前代未聞の検察不祥事となった「証拠改ざん」の問題について上司として責任を問われながら法曹資格を維持したのは、小林氏だけである。
小林氏は、2011年に弁護士登録し、その2年後、上記の大阪高裁判決で、厳しく「隠蔽」の責任を指摘された直後の2013年11月に、阪急阪神ホテルズの「食材偽装改ざん問題」の第三者委員会の委員長に就任した。また、その後、積水ハウスの社外監査役、山陽特殊製鋼の社外取締役等も務めた。そして、関西電力のコンプライアンス委員会の委員にも就任していたことが今回明らかになった。このようなポストへの就任は、何らかの「後ろ盾」なくして実現したとは思えない。
検察が捜査に動かないことの背景に「関西財界と関西検察OBとの深い関係」
関西では、検察の大物OBと、経済界の関係が深いと言われている。その中心に位置するのが、「関西検察のドン」と称される元検事総長土肥孝治氏だ。土肥氏は、長年にわたって関西電力の社外監査役を務め、今年6月の株主総会で退任した、その土肥氏の後任として新たに社外監査役に就任したのが、元大阪高検検事長の佐々木茂夫弁護士。今年で75歳、後期高齢者が新任社外監査役というのは、極めて異例である。
10月5日付け朝日新聞によれば、調査委員会報告書の内容は、昨年10月の時点で、監査役会に報告されていたとのことだが、その監査役には土肥元検事総長も含まれていた。また、今年の春頃から始まった「金品受領問題」の内部告発の動きは、5月頃には、表面化の危険性が高まっていた。その対応が関電経営陣にとって重大な問題であったことと、敢えて超高齢の関西検察大物OBを監査役に選任したことは無関係とは思えない。
証拠改ざん問題で引責辞任した小林氏は、社会的には、検察幹部として失格という評価を受けて然るべきだが、関西検察OBからは「評価」を受けたのであろう。小林氏は、その後、多くのポストの配分を受け、関電のコンプライアンス委員会の委員にも就任した。
そして、今回の問題では、調査委員会の委員長を務め、会長・社長を含む会社幹部が3億円を超える多額の金品を受領している事実を確認しながら、ただちに公表するという、公益事業を担う電力会社として「当然のコンプライアンス対応」を行うよう意見を述べることもなく、「隠蔽」に加担した。
証拠改ざん問題の「隠蔽」にも、問題意識をもって取り組まなかった小林氏であるが故の対応とみる余地もあるが、個人の意思を超えた、関西検察OBの意向が働いていた可能性もある。
関西検察の大物OBから、関電の問題で捜査に着手しないよう強い要請を受けているとすれば、大阪高検・大阪地検等の関西検察の幹部にとって、自らの退官後の処遇に与えるリスクを考えれば、関電への捜査を容認することは困難であろう。大阪地検特捜部の現場にも、そういう上層部の意向を十分に忖度する「賢明な検事達」が集まっているのであろう。
こうなると、最高検が主導性を発揮し、東京の特捜部等が捜査に乗り出すしかないが、そもそも、検察全体が劣化し、やるべきことはやらず、余計なことに無駄な労力を費やそうとしている状況(直近では、【青梅談合事件・一審無罪判決に控訴した”過ちて改めざる”検察】)では、それも到底望めないだろう。
そうなると、今後関電が設置するとしている「第三者委員会」がどのような委員構成で行われるかが、極めて大きな意味を持つ。
しかし、岩根社長は、記者会見で、第三者委員会の委員の人選について聞かれ、
複数の先生方からの推薦を頂いて、第三者委員会で完全中立だと相当なマンパワーもいると思うので、しっかりした弁護士事務所とか経験のある人とか、そういうことを踏まえて選定する。
と答えていた。
この「先生方」が検察大物OBを含み、その推薦する弁護士を委員に選任し、所属する大手弁護士事務所が調査補助に入るということであれば、第三者委員会の調査結果にも、全く期待できないことは明らかだ。
関西電力が行う第三者委員会の委員の選任のプロセス・調査体制の構築に注目する必要がある。しがらみに影響されることなく、真相を解明し、問題の本質に迫ることができる第三者委員会が設置できるかどうか、極めて重要な局面だと言える。
郷原 信郎 弁護士、元検事
郷原総合コンプライアンス法律事務所