「緊急放流、八ッ場ダム…今こそ「治水」を語ろう」において、気候変動により洪水・渇水リスクが増加する将来予測に対して、ハード・ソフト両面であらゆる治水対策を検討する必要があると論じ、各面から様々な評価をいただきました。
ただ、話が広範にわたり、緊急放流について理解がし難かったとの声もお聞きしました。また、一部の政治家のかたがネットで炎上したように、緊急放流が直ちに危険なものだと錯覚している方も少なくないようです。
そこで、発端となった記事を書かれた都議会議員の川松真一朗氏とも議論をし、さらに詳細に緊急放流を含め、ダム操作について説明した方がいいとの結論に至り、改めて筆を執りました。
上記リンクの投稿でも述べましたが、「緊急放流」は、専門的には「特例操作」と呼び、以前は「ただし書き操作」と呼ばれていました。
「ただし書き操作」と呼ばれていた理由は、各ダムの操作規則で「ただし、気象、水象その他の状況により特に必要と認める場合」は通常ルールの限りではないと明記されているためです。
基本的にこの操作はダムの満水位(ダムが安全に水を蓄えられる最大貯水量)を超えないようにコントロールすることを意味します。
図は過去の洪水時のダムの操作を時系列に示したものです。
赤いラインはダム湖内の貯水位(実測)、黒線はダム湖内に入る水の流入量(ダム湖の形状(既知)と水位変化からの推定)、青線はダムゲートから放出する水の放流量です。ダム管理者はダムのゲートの開き方を操作し、放流量をコントロールすることでダム水位を安定させます。
その時刻においてはその後の流入量が予測できないため、気象庁・国交省・ダム流域内のリアルタイム・予測雨量情報を確認しながら、時々刻々の判断をいたします。
洪水時にダム管理者はこのままではダムが満水になると判断した時(当時の呼び名「ただし書き操作に移行」)から徐々に放流量を増加させ、流入量=放流量とし、水を貯めこまないことで水位を安定化させます。満水位に達してから、放流量を急に上げるとダム下流に大きな影響を与えるため徐々に上昇させます。
流入量=放流量といっても流入量は推定であるために誤差は生じます。
今回の台風19号への対応がどのように行われたかはわかりませんが、満水位に達しない、今後の降雨・潮位予測、下流への影響を総合的に勘案したオペレーションを行ったに違いありません。
ではダムの満水位を超えると何がまずいのか。
ダムが決壊するリスクが高まるためです。
ダムの決壊の事例は多くありませんが昨年2018年ラオスのセーピアン・セーナムノイダム決壊事故があります。
オペレーションというよりは施工ミスとの見解が濃厚ではありますが、ここでは決壊の脅威の事例として挙げさせていただきます。貯めていた水がすべて河川流域に流れ込むわけでありますから、ダムの緊急放流よりも危険であることは間違いありません。この事故で死亡者42名、行方不明者は少なくとも1100名の大惨事となりました。
決壊だけは絶対に起こしてはなりません。
ダム運用をさらに高めるためには気象予測とのハイブリッド運用が必要です。
治水以外のダム機能である利水(飲み水等の利用)のため、洪水時であろうとダムの貯水を簡単に河川に捨てることはできませんが、先日も記述しましたが、気象予測を活用した事前放流の考え方を推進する必要があります。
気象予測は目覚ましい進展を遂げており、短時間の予測であれば高精度なっております。
今回の災害を奇貨として、気候変動による洪水・渇水のリスクおよびその対策について、国民を挙げて、議論されることを期待いたします。
加藤 拓磨 中野区議会議員
1979年東京都中野区生まれ。中央大学大学院理工学研究科 土木工学専攻、博士(工学)取得。国土交通省 国土技術政策総合研究所 河川研究部 研究官、一般財団法人国土技術研究センターで気候変動、ゲリラ豪雨、防災・減災の研究に従事。2015年中野区議選で初当選(現在2期目)。公式サイト