台湾の総統選が、長期化する香港デモとの関連でも注目される中、来年1月11日の投票日まで3ヵ月を切って本格化してきた。15日には最大与党国民党の総統候補、韓国瑜高雄市長が選挙活動に専念するために3ヵ月の休暇を取ることを発表した。
現地紙中央社によれば、韓市長は同日午前、高雄市政府庁舎前に集まった報道陣や支援者を前に「我現在要出征(今こそ出征すべき)」という軍歌を歌い、数百人の支援者が韓氏を激励するプラカードを掲げて気勢を上げたそうだ。
早々に「休職の正当性をアピールするためのパフォーマンス」とメールしてきた高雄の知人は、台湾には「帯職参選」という制度があって、公務員でも在職のまま立候補ができるので、選挙期間中は休暇を取って選挙運動し、負けても復職できると教えてくれた。
余談だが、復職といえば韓国でも曺国氏が、法相の辞任を受理されてほんの25分後にソウル大学に復職を申し入れたそうだ。「一市民に戻って家族に寄り添いたい」と述べた舌の根も乾かぬ内の手回しの良さに、筆者は開いた口が塞がらない。
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そこで韓氏の出征、15日の台湾紙蘋果日報(Apple Daily)に関連する記事が載っていたので紹介する。
それは「公務人員行政中立法」というもので、公務員が候補者に登録された場合、候補者リストの発表から投票まで休暇が取れるそうだ。が、「未包含地方首長或民意代表」すなわち「各首長や議員は含まれない」と但し書きがあるので、如何なものかという訳だ。
この問題には総統選出馬を目指す首長などがしばしば直面するようで、2016年の総統選でも国民党候補の朱立倫新北市長が「非常に一般的なこと」と強調して3ヵ月の休暇を要請した。が、結果は民進党の蔡英文に敗れてすごすごと新北市長に復職したそうだ。
民進党が国民党を破り初めて政権の座に就いた2000年の総統選でも、当時、桃園県長だった呂秀蓮が民進党の副総統候補に立候補するために3ヵ月の休暇を取った。この選挙では陳水扁率いる民進党が勝利したので呂秀蓮が桃園県長に戻ることはなかった。
その呂秀蓮が7月に台湾独立を目指す「喜楽島連盟」を立ち上げて、9月17日(同日、郭台銘と柯文哲が立候補を断念)に出馬の意向を届け出て、立候補に必要な有権者の1.5%(=約28万人)の署名を11月2日までに集めれば、一定票が蔡英文から呂氏に流れることは9月16日の拙稿に書いた。
蔡英文総統は韓氏についてメディア取材に応じ、「韓氏は昨年11月の市長選で多くの人の支持を得て当選したのだから、今は特に自身が背負った有権者の期待に心を向けるべきと指摘し、市長としての責任を忘れないように」と釘を刺した。筆者は高雄の有権者の嫌韓を助長すると思う。
7月の候補者選びで蔡英文に敗れたものの副総統を切望されている民進党の頼清徳前行政院長が、蔡英文支持を呼び掛けるため目下訪米中だ。15日には遊説先で「蔡氏の続投は、市長さえもまともにできない韓国瑜氏に比べ、国家を統率し、台湾を強くする能力が必ずやある」と述べた。頼氏には一日も早く副総統立候補を表明して欲しい。
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さて、休職の件とは別にこの「帯職参選」は、立法委員(国会議員)が市長や県長などの選挙に立候補する場合も関係する。つまり、立候補に当たって議員辞職する必要はないものの、実際には辞任する者としない者があり、昨年11月の総選挙の時には「補助金」のことで思わぬ物議をかもした。
当時立法委員だった姚文智、盧秀燕、陳其邁、張麗善はそれぞれ議員を辞めた上で、台北巿長、台中巿長、高雄巿長、雲林縣長に出馬したが、姚文智は柯文哲に、陳其邁は韓国瑜に各々負けて議員に戻った。他方、議員を辞めずに出馬した黄偉哲は台南市長に当選した。
台湾の選挙法では、1人区で投票数の3分の1以上を獲得した当選者などに1票辺り30元、選挙費用を補填する「補助金」が出るのだが、首長になった議員はその補助金を返還せよという物議だ。休暇の件とは趣が違うが、10万票当たり1千万円ほどの額だから決して少額でない。
日本の場合、公務員が議員などの公職に立候補する時は、公職選挙法では原則的に届出日を以って失職することになっていると記憶するが、台湾(韓国も?)の場合、日本と少し違って面白いと思い紹介した次第。
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そこで総統選の投票日が近づくに連れ気になるのが中国の圧力だ。習近平は10月1日に北京で行われた国慶節式典で「平和統一と一国二制度の方針を堅持する」と演説した。これに対し台湾の大陸委員会は「台湾は一国二制度を決して受け入れない」と突っぱねた。
一方の米国も、反中親台で知られるアジア太平洋安全保障担当のランドール・シュライバー国防次官補が1日、ブルッキングス研究所のセミナーで、米国の民主主義的なパートナーである台湾が独自の地位を維持し、「自由で公平な、脅迫されない」選挙が行えるよう措置を講じると述べた。
中国の圧力は、旅行者制限や傘下の台湾メディアを通じたプロパガンダなどの他、大陸(香港・マカオを含む)に働く台湾人約41万人の相当数への国民党へ投票させるための帰国奨励なども知られるところだ。他方、頼清徳氏の訪米も、米国で働く10万人弱の台湾人に呼び掛ける意図もあろう。
(*台湾行政院調べによれば、2016年に海外で働いた台湾人は73万人弱。上記の他は東南アジアに11万強で、米国が増加傾向にある他は減少傾向とのこと)
台湾与野党の場外応援団たる米中の貿易戦争が長期化し、高関税の掛け合いが恒常化する様相を呈する中、台湾の総統選挙はますます過熱化するに違いない。香港の成り行きも含めて目が離せない令和元年の年の瀬になる。
高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。