「米国のヨブ」バイデン氏の不幸:人は「運命」に操られているのか

コラムのタイトルは少々大袈裟な感じがするが、人の生死が「運命」によって左右されているのを感じる話を聞いたからだ。以下、説明する。

▲米民主党大統領候補者の一人、バイデン前副大統領(バイデン氏のFacebookから)

▲米民主党大統領候補者の一人、バイデン前副大統領(バイデン氏のFacebookから)

旧東独のハレで9日、27歳の男がユダヤ教シナゴークを襲撃し、祝日で集まったユダヤ教徒を射殺しようとした事件についてはこのコラム欄でも紹介した。男は銃で戸を破り、会堂内に侵入しようとしたが、戸は破れず、会堂に入れなかったことから大惨事は回避された。その直後、男は怒りを発し、“たまたま”その道を歩いてきた40歳の女性を後ろから撃って殺害した。

男はなぜその女性を撃ったのだろうか。捜査当局の情報によると、女性は銃の発砲のバンバンという音を聞いて、「男が爆竹で鳴らしているのか」と思い、「うるさいわね」と呟いて男の横を通り過ぎた。その呟きを聞いた男は怒りから通り過ぎた女性を後ろから射殺したというのだ。

それだけではない。そこに配達人がきたが、彼は男を見て驚いて逃げようとした。男は配達人も射殺しようと銃を構えたが、“なぜか銃が作動しなかった”のだ。配達人はその間に逃げて無事だった。男の銃はシナゴーク襲撃用に改造したものだった。

一人の女性は「うるさいわね」と呟いたことが男を怒らせ、命を失う結果となった。一方、配達人は男の銃が動かなかったので無事逃げられたわけだ。シナゴークの前の路上を歩いてきた2人の人間が1人は殺され、1人は生き延びた。2人ともユダヤ人ではなく、男がいた路上をたまたま歩いてきただけだ。男とは全く面識はなかった。

もう一つの話を紹介する。独週刊誌シュピーゲル最新号(10月12日号)が報じた「米国のヨブ」(Amerikanischer Hiob)の話だ。ヨブは旧約聖書の「ヨブ記」の主人公だ。信仰深いヨブはその土地の名士として栄えていた。神は悪魔に「見ろ、ヨブの信仰を」と自慢すると、悪魔は神に「当たり前ですよ、あなたがヨブを祝福し、恵みを与えたからです」と答えた。そこで神は「家族、家畜、財産を奪ったとしてもヨブの信仰は変わらない」というと、悪魔はヨブから一つ一つ神の祝福を奪っていった(紆余曲折はあったが、最終的には、ヨブは最後まで信仰を守り、神から祝福を再び得る)。

ところで、シュピーゲル誌の「米国のヨブ」とは、米民主党大統領候補者のジョー・バイデン前副大統領(76)のことだ。29歳で上院議員に初当選した直後、妻と娘を交通事故で失い、2人の息子だけとなった。長男(ジョセフ・ロビネット・ボー・バイデン)は優秀でバイデン氏は自分の後継者と期待した矢先、脳腫瘍で2015年に亡くなった。残されたのは2番目の息子(ロバート・ハンター・バイデン)だけとなった。その息子のウクライナでのビジネス問題がトランプ米政権から持ち出されて、説明責任を追及されている。

まさに、バイデン氏の人生は不幸が続く。オバマ前大統領の下、8年間、副大統領を務め、次期大統領に立候補する考えだったが、オバマ氏はバイデン氏ではなく、ヒラリー・クリントン女史を支援した。オバマ氏を友人と信頼してきたバイデン氏はショックを受けたという。

世論調査では、バイデン氏は民主党候補者の中では依然トップを走っているが、エリザベス・ウォーレン上院議員が迫ってきただけに、予断を許さない状況だ。「米国のヨブ」のバイデン氏が民主党の大統領候補者となって、現職のトランプ大統領を破りハッピーエンドを飾るか、それともバイデン氏の不幸はこれからも続くかは誰も分からない。

「バイデン氏は有権者を感動させるスピーチはできないが、心はいい」と関係者は擁護する。「米国のヨブ」と呼ばれるバイデン氏の人生は、ハレの事件で犠牲となった女性と生き延びた男性の人生のように、人間ではどうしょうもない不可解な「運命」の介入を感じさせる。

「運命」を考える時、「運命は我々を導き、かつまた我々を翻弄する」と語ったフランスの哲学者ヴォルテールの名言を思い出してしまう。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年10月20日の記事に一部加筆。