GPIF理事長、内部通報への不適切な対応で経営委員会が厳しい処分

ひさびさの内部通報制度に関するエントリーです。10月19日の日経・朝日等各紙において、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の理事長が「女性職員(NHKニュースによると30代の女性職員)との特別な関係を疑われかねない行為があった」とする通報に対して、不適切な対応があったとして同法人から制裁処分を受けたことが報じられました(GPIFのリリースはこちらです)。

GPIF髙橋則広理事長(公式サイトより)

ネット上では「こんなことをしているのに、この程度の処分とは甘すぎる!」といった意見が多いようですが、私自身としては経営委員会が調査のうえで制裁処分を行い、これを公表した姿勢は評価できると思いますし、ガバナンスが機能した事例ではないでしょうか。理事長の反論も公表している点は公正と思いました。

上記のGPIFのリリースを読みますと、同法人の経営委員会が「理事長に対する制裁の根拠事実」として、①理事長が女性職員と特別な関係にあると疑われるような行動に及んだ事実(多数回にわたる会食、公用車への複数回の同乗、情実採用を疑わせる行動)、②理事長宛の内部通報が、メールや書簡にて昨年12月以降に複数回届いたにもかかわらず、今年9月まで内部通報案件として監査委員に報告をしていなかった事実を挙げています(なお、②の事実については時事通信の記事からの引用を含みます)。

なお、GPIFの内部通報規程を読みますと、内部通報の宛先はGPIF企画室または外部の顧問法律事務所とされており、けっして理事長は通報窓口には指定されているわけではありません。したがって、理事長宛に内部通報が届いたとしても、通報規程のうえで理事長に対応義務が発生する、といったことにはならないと考えます。理事長は「顧問弁護士には相談していた」と弁明しておられるので、内部通報制度の趣旨にしたがって、一定の対応はされていたのかもしれません。

ただ、GPIFの行動規範を読みますと、3項および9項により、役職員の法令遵守と高い倫理の保持、不正・違法行為の速やかな報告が求められています。そこで、たとえ理事長が内部通報の窓口ではなくても、理事長は内部通報規程のルールに準じた通報として扱うべきであった、とりわけ自身の不正疑惑に関する通報であったがゆえに、他の役員と通報内容を共有すべきであった、しかし理事長はこれを懈怠した、というところが行動規範の趣旨に反するものであり、制裁規定の「役職員にふさわしくない行為」に該当する、と(経営委員会が)判断したものと思われます。

もちろん、先に示した「女性職員との特別な関係を疑わせる行為があった」ということも制裁の根拠理由とされていますが、内部通報規程を設置している企業において、行動規範と「合わせ技」で通報への不適切な対応が制裁(懲戒)の対象となると判断したことは、他社でも大いに参考になるのではないかと。理事長の反論内容も「ごもっとも」だとは思いますが、理事長自ら社内調査の機会を奪ってしまった(通報に対して適切な対応をとらなかった)わけですから、法人としては「不正もしくは不適切行為があった」と断定することはできませんが、「不正もしくは不適切な行為を疑わせる行為はあった」と断定するところまでは可能かと思います。

ちなみにこの判断過程は、役職員と反社会的勢力との癒着問題を調査するケースでも活用されています(つきあう相手が反社会的勢力とは断定できないが、反社と「噂されている」人とつきあうこと、もしくは反社会的勢力とつきあっているとは断定できないが、その疑いを抱かせる行為に及んでいること自体が「(当社の行動規範に鑑みれば)当社役職員にふさわしくない行為」として懲戒処分に相当する、等)。

さて、皆様の会社では社長の女性問題(もしくはその疑惑を抱かせる不適切行為)が認定された場合、懲戒処分を決定し公表することはできますでしょうか?

いろいろなところで申し上げておりますが、経営陣の不正(不適切行為)に関する通報は、たとえば監査役や社外取締役など、経営陣から独立した役員が情報を共有しなければ握りつぶされるおそれが高い。本件でも「監査委員に情報を伝達しなかった」という点を経営委員会が重大な問題と捉えていますが、私も同感です。内部通報制度はガバナンスの改善と併せて検討しなければ、経営者の不正発見には役に立たないと思います。

山口 利昭 山口利昭法律事務所代表弁護士
大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(1990年登録 42期)。IPO支援、内部統制システム構築支援、企業会計関連、コンプライアンス体制整備、不正検査業務、独立第三者委員会委員、社外取締役、社外監査役、内部通報制度における外部窓口業務など数々の企業法務を手がける。ニッセンホールディングス、大東建託株式会社、大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社の社外監査役を歴任。大阪メトロ(大阪市高速電気軌道株式会社)社外監査役(2018年4月~)。事務所HP


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2019年10月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。