急務となってきた「落ちこぼれ対策」

以前私のところの塾に小学校一年生から通っていた子供がいました。1年半ぐらい通ったのですが、どうも他の子供と違うのです。自分から進んで勉強を展開できず、集中力がなく、5分前に分かった、といったこともすぐ忘れるのです。かなり時間をかけて個別指導をかけてもダメなのです。当然学校でもそのような状態の中、IQ(知能指数)を測定したら70に達していなかったようなのです。

私の塾をやめ、引っ越しをしてしまったのでそのあとどうなっているか分からないのですが、とても教育熱心な親御さんだったのでショックだったと思います。

(写真ACから:編集部)

(写真ACから:編集部)

最近、2冊の似たような本に接しました。「ケーキの切れない非行少年たち」と「上級国民/下級国民」です。この書籍はある意味、出来ない子の存在を示し、今後、この問題放置できないだろうことを否が応でも実感させます。

少し前ですが、若者が信号で停止していた軽自動車の前に突然、飛び出し、フロントガラスを石のようなもので必死に叩き壊す事件がありました。ドライブレコーダーに全容が映し出されたその若者の顔は正気ではありませんでした。この若者はフリーターで親がこのニュースを知って自首させました。

こんな事件は氷山の一角で奇妙な事件、またニュースにならなくても些細なトラブルは相当起きているようです。私が気になるのはこんな事件がやけに目立ってきた、ということであります。

上述のIQ。100を基準とした偏差で表し、様々な判断基準があります。かつては前後15を境にし、85から下は要注意となっていたのですが、近年ぐっとハードルが下がり、70程度が境界線と考えられています。つまり、70に満たない場合は何らかの知的障害があると考えれるのです。

知的障害、ないしそれに近い子供たちが標準のスピードで進む学校教育についていけるか、といえばちょっとしたきっかけで完全に落ちこぼれます。それがほんのわずかの躓きであってもそれ以降、相当頑張らないと立ち直れなくなります。マラソンで集団にはいないとずるずると引き離されるのと同じです。小中学校で始める英語の授業も基本は全員、「ヨーイ、ドン」のスタートのはずですが数カ月で完全に差が出ることは皆さんも経験値として記憶があると思います。

そういう子供たちには特別支援学校がふさわしいのですが、施設が十分ではないのと親のメンタルからそういうクラスには入れたくないというケースもあります。私は既存の学校に完全に別枠で支援クラスを作ることを提唱したいと思います。一般クラスが終わった後、2時間程度、学校の先生とは別の先生ができない子だけを集めて学校の授業に沿った個別指導を行うのです。

なぜ、出来ない子を放置できないのか、といえば前述のような唖然とする事件が起きやすい社会になってきたことを一般社会がその原因について十分認知していないからです。

出来ない子の理由が先天性か、後天性かの議論は専門家に任せますが、アメリカのマレーという学者は「階級断絶社会」という著書で親の学歴による子供のIQを調査しています。両親ともに高卒の場合の子供への期待IQは94、ともに大学卒なら109、ともに名門校の学位取得なら121となっているとあります。(Wikiより)

今、日本の社会では明らかにできない子が増えています。考える力がなくなっており、楽しいことがあふれているため、勉強が二次的な義務になっています。この結果、落ちこぼれが生まれやすく、いわゆる中間層が少なくなり、出来る子とできない子のギャップが明白になっていているように感じます。

非行に走るケースも多くが学歴的に高くない場合が多くなっています。高校中退するような子供は弾かれた、という意識が高いのだろうと思います。その結果、自閉症になり、部屋から出られなくなったかと思えば胸のすくようなとんでもないことを仕出かすこともあります。

出来ない子をできないまま放置しては絶対にダメです。もちろん、どうにも対策を取れない障害を持ったお子さんもいるでしょう。その子供たちに希望を与え、簡単な作業でもよいので社会人としての役割を担わせ、自立支援をすべきでしょう。

大きくなったのに働かず、部屋に閉じこもってゲームばっかりやっているお子さんは案外、あちらこちらにいるものです。心の扉を開くにはどうしたらよいのか、放置せず、専門家と問題解決してもらいたいと思っています。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2019年11月4日の記事より転載させていただきました。