日欧の金融政策で物価は本当に上がるのか?

欧州中央銀行のマリオドラギ氏が10月末で退任しました。2011年に就任、欧州危機のさなか、利下げを通じて強い姿勢を示したことで「スーパーマリオ」の異名を取り、マイナス金利に量的緩和など積極策をとったものの最近はさっぱりその功名が聞こえてこなかったのは結局、姿勢は見せたが成果が出なかったことにあります。

どちらかといえばドイツ銀行問題など欧州金融機関の収益性や健全性に無理を与え、その傷はいやされることなく、ラガルド総裁体制に変わります。

黒田氏とドラギ氏(日銀サイト、ECBツイッターより:編集部)

このドラギ総裁のとった手段とその後の歩みは日銀の黒田総裁とそっくり同じであり、ある意味興味深いところであります。物価上昇率2%への道はあまりにも遠かったということでしょう。最近では2%は果たして意味ある目標値なのか、という議論も垣間見ることができます。かつては上がりすぎる物価への対策は経済運営者にとっては最重要課題でありましたが、近年は低すぎる物価に対して有効な手段が見いだせない状態に陥っているようです。

物価が上がりすぎて困った時代の要因を思い出してみましょう。石油ショックなど資源価格の高騰、人件費や材料費の高騰、中南米に見られた為替の急激な変化、総需要が供給を上回るといったことが主因だったと思います。国によって違いますが、おおむね戦後の国家再構築にかかる需要増に伴う物価上昇への寄与が高かったと思います。

例えば個人で最も高額な出費とされる住宅についてはどこの国でも持ち家比率がおおむね2/3(60%中盤)程度までは一義的に上昇する傾向があります。事実、主要国では戦後、時間をかけてその比率が60-65%程度までじわじわと上昇していきます。その間、北米ですら金利が10%以上の二桁だった時代もあり、総需要がいかに高かったかを物語りました。ところがこの持ち家比率のマジック数字に到達した途端、住宅市場は自然需要にとって代わります。が、多くの欧米の専門家には「あの暗黒のような高金利時代が再びやってくる」と90年代ごろでも信じられていたのです。

では資源はどうでしょうか?73年の石油ショックを機に各国は資源の安定確保にまい進すると同時に代替エネルギー源を求めました。その一つが原子力でありました。今、それは風力や太陽光にとって代わりつつありますが、少なくとも「石油の寿命はあと〇〇年」といった人々をパニックに陥れるような話は皆目聞かれなくなりました。

いわゆるハイパーインフレも最近は減ってきています。ハイパーインフレの背景には戦争や国家の基盤が揺らぐなど国全体が不安定になるという特殊要因が引き金になることが多くみられます。かつてのドイツ、ロシア、アルゼンチン、近年のベネズエラなどは好例でしょう。また、ブラジルの場合は物価スライド制という特殊要因がその引き金で国民がそれに慣らされた影響が大きかったのかもしれません。が、これらハイパーインフレの要因も局地的なものを除き、改善されてきました。

この一つの理由はグローバル経済による平準化があるのだろうと考えています。潤沢な資金と低い金利をベースに安い人件費と物価を求めて企業は「新興国の開拓者」となったといえるでしょう。また、資源関係の事業者はいまや自分たちがプライスリーダーではないことを認識しているし、OPECが十分に機能しなくなったことも周知の事実です。

ではバーナンキ元FRB議長の言うようにヘリコプターからお金をばら撒けば本当に物価が上がるのか、といえば一時的なお祭りで消費を覚醒させるのですが、長期には続かないことが分かっています。むしろ、リーマンショック後、中国が国内で57兆円規模のばら撒きをしたことは当時、世界でヒーロー扱いされましたが、その後、泥沼の中でもがく中国経済の一因となった点もご承知通りです。いわゆるばら撒きの副作用であります。

その一方で北米はなぜ、日欧よりやや高めの金利を維持できるのでしょうか?ヒントは歴史がない点にあるように感じます。つまり、古くなったら壊して作り直すという文化、そして新しいものには常に付加価値がありその費用を消費者に転嫁する仕組みがある点でしょうか?日欧は歴史的背景から何でもかんでも壊して新しいものを作るというのは難しいところがあります。

またそれに対する価値観の評価も違います。例えば薄汚れたラーメン店が一杯600円で提供していたものを店を改装してきれいになった途端、750円になったとします。それに消費者はお金を払うかという議論です。少なくとも日本ではネガティブな意見が多そうですが、北米にはそれに価値を見出す人案外多いのです。

とすれば日欧に共通して言えるのは財布のひもが固いのかもしれません。欧州は価値あるものを長く使うことを美徳としていました。とすれば金利がどうなろうが、人々の価値観は揺らがない、だから2%がどうしたということなのかもしれません。日本も最近はリユースと称する中古が若者の間で流行し、無視できない経済規模を生み出しています。

これらは人々の物価対策ともいえ、実に奥が深い話であります。金融対策で物価を上げられるほど単純な世の中ではなくなったともいえそうです。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2019年11月12日の記事より転載させていただきました。

会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。