厚労省「パワハラ指針(案)」には重大な不備がある(ように思う)

コクヨのぺんてるに対する敵対的買収案件がスゴイ様相になってきましたね。プラスがぺんてる支援を表明したので(NHKニュース)、もはや「コクヨvsプラス」、つまり「メーカーvs流通」の闘いに興味が移ってきました。

さらに日経ビジネス記事(有料版)によると、ぺんてる・プラス陣営に、上場企業のキングジムやニチバンなどが支援に回る、とのこと(株主かどうかはわかりませんが)。まさに「コクヨ包囲網」ですが、この包囲網を作るためにぺんてるがコクヨに株主名簿の開示を拒否していたとなると、そろそろ目的を達成して開示に動くかもしれません(平成24年のアコーディアゴルフ事件決定の先例的意義は大きいような気がします)。以下、本題です。

11月21日の各紙で報じられているとおり、厚労省が「パワハラ指針(案)」を会議資料(第22回労政審議会雇用環境・均等文科会)として公表しましたね。さっそく13頁に及ぶ指針案を読みましたが、企業の内部統制に関心を持つ者、日頃ハラスメントの通報を受理したり、調査をしている者の視点からしますと少し残念な内容です。

(写真AC:編集部)

というのも登場人物(主体)は事業者、加害労働者、被害労働者で構成されていて、そこに「同じ職場の労働者」が登場しておりません。セクハラやパワハラの相談者は、かつてはほとんどが被害労働者でしたが、同じ職場の同僚からの相談が増えている、という現実が反映されていないようです。

ハラスメントはもはや属人的な問題ではなく、「職場環境配慮義務の一環」としての組織的な問題です。ちなみに指針の中で「同じ職場の同僚」を当事者に含めても、(女性活躍推進法3条に基づく)労働施策総合推進法第30条の2および同条の3に規定する「労働者」の定義とは矛盾しません。

私は(窓口対応として)パワハラ通報を受理した後に、社内調査の補助をすることがありますが、ハラスメントの被害者と加害者(と疑われている)側のヒアリングを行った結果、「うーーん、これってどうなんだろ?結局、指導の範囲内じゃないかな。けっして好き嫌いで及んだ行為とは思えないけど…」といった印象を持つことがあります。

しかし最近は「被害者」とされる側の同僚からスマホ動画や写真、録音データなどの情報提供をきっかけに、これらの証拠を確認してみますと「ありゃ!これは誰がみてもハラスメントやんか!」と断定できることが増えました。

とりわけ動画と録音データは、時間軸も一緒に読み取れるのでハラスメントの認定には有力な証拠となります。※日ごろからの「お悩みメール」も同僚から提供されることがあります。このような有力証拠は、同じ職場の労働者の「相談の秘密」「情報提供による不利益処分の禁止」を、企業が明確にしないとパワハラ指針の実効性は上がらないと思います。

※…社内における無断撮影や無断録音は、正当な目的がないかぎりは就業規則違反になるおそれがありますが、企業に法的に義務付けられるハラスメント体制の整備・運用に労働者が協力する場合には「正当な目的」が認められることになると思います

昨年最高裁まで争われたイビデン・グループ内部通報事件も(セクハラ案件ではありますが)同僚からの通報です。最近のスポーツ界におけるパワハラ騒動も第三者による通報が多いように思います。主観的なハラスメントの感覚よりも「一般人からみて客観的にどうか」といった感覚を重視するのであれば、むしろ企業としては職場の第三者からのパワハラ・セクハラ通報を促すような内部統制システムを検討すべきと考えます。そのような意味で、職場の同僚からの通報や証拠提出(情報提供)への配慮に触れていない指針案には、かなり重大な不備があるのではないかと。

今回の労働施策推進法(改正法)が、労働者のパワハラ行為を禁止する規定を置いていないので、指針を報じる記事を読んでいて「あれ?これはちょっと誤解するよな」と思われる問題が他にもありますが、それはまた別の機会に書きます。

山口 利昭 山口利昭法律事務所代表弁護士
大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(1990年登録 42期)。IPO支援、内部統制システム構築支援、企業会計関連、コンプライアンス体制整備、不正検査業務、独立第三者委員会委員、社外取締役、社外監査役、内部通報制度における外部窓口業務など数々の企業法務を手がける。ニッセンホールディングス、大東建託株式会社、大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社の社外監査役を歴任。大阪メトロ(大阪市高速電気軌道株式会社)社外監査役(2018年4月~)。事務所HP


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2019年11月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。