漏洩文書の公開を機に西側各紙は、中国が目下ウイグル人に対して行っていることを「民族絶滅計画」(Newsweek)、「洗脳」(BBC)、そして「民族改造」(産経)と書く。そこに書かれていることは中国によるウイグル人への「人権侵害」に他ならない。
世界の報道機関17社が参加する国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が公開した中国から漏洩したとされる文書には、およそ400頁にわたり中国が100万人のウイグル人を「職業技能教育訓練センター」と称する収容所に入れ、彼らの「改造」を試みている様子が書かれている。
報道の経過を見ると、日本での報道は19日のニューズウィーク日本版が、「中国は“ウイグル人絶滅計画”やり放題。なぜ誰も止めないのか?」と題して、いち早くまとまった内容を報道した。発端は16日のニューヨーク・タイムズによる報道だった。
当のICIJは11月24日に「中国通信:ウイグル人は誰で、なぜ大量拘留されているのか?」などの記事数本を出した。中国の反撃(言い訳)は、26日にポンペオ米国務長官が「(文書が)非常に重大な人権侵害の裏付けになる」と会見で述べてから堰を切ったように激化した。
内外各紙の記事が概ね文書の内容解説に終始する中で、27日の産経「矢板明夫の中国点描 ウイグル弾圧の実態…共産内部文書はなぜ流出したのか」は、中国通の矢板記者ならではの独自情報に基づく斬新な切り口で、非常に興味深い内容だ。
それによれば、矢板は北京在勤中の14年に習近平暗殺未遂事件の情報を得た。その年の春に新疆ウイグル自治区のウルムチ駅で起きた80人が死傷する爆発事故だ。習を狙ったテロだったが危険を察知した習は飛行機に変更して難を逃れたと、ある共産党関係者から知らされたというのだ。
激怒した習はウイグル不満分子に対する大規模な取り締まりを指示、一切情けをかけるな、国際世論を気にするな、と厳命したとも教えてくれた。が、当時は裏付け取材をしても少数民族絡みの問題に口を閉ざす党幹部が多く、最後まで詰められなかったそうだ。
5年後に答え出たと矢板は書く。16日にニューヨーク・タイムズが公開した文書に「14年5月に習金平が出した指示をきっかけに、新疆ウイグル自治区で“学習キャンプ”という名で100万人単位の強制収容が始まった」とあり、習氏が直接間接に指示したものに集中していることも気になった、と。
ウイグル小史
IDIC文書の内容や中国の弁解ぶりに触れる前にウイグルの歴史を少し紐解いてみる。
ウイグル帝国建国は744年だが萌芽は552年の突厥帝国建国だ。突厥はトルコのことで、今もトルコ共和国はこの年を建国元年にしている。トルコ人は元は今のモンゴルと新疆ウイグル自治区の隔てるアルタイ山脈に遊牧していた部族だった(岡田英弘説、以下同様)。
急発展した突厥は統一性を欠いて583年に東突厥と西突厥に分裂、東突厥は630年に唐太宗に滅ぼされるが、682年に再結集して唐高宗から独立、突厥第二帝国を建てた。この頃チベット帝国も成立し、突厥第二帝国、チベット帝国、唐帝国は三つ巴で中央アジアの争奪戦を繰り返した。
745年、北モンゴルのウイグル族クトルグ・ボイラは突厥から独立、これ滅ぼしてウイグル帝国を建てた。が、9世紀半ば西方のキルギズに滅ぼされ、甘粛省でチベット帝国の庇護を得た者と天山山脈に逃れた者が別々にウイグル王国を建てたが、10世紀半ば共に遼の太祖耶律阿保機(契丹人)に滅ぼされた。
かつて7世紀には唐やチベットと鼎立する権勢を中央アジアに誇ったウイグル人の現況は、中国の監視下の新疆ウイグル自治区に約11百万人が押し込められている。
IDIC文書
先述の24日のIDICニュースレターはこの文書を「中国通信(China Cable)」と称し、概ね以下のように解説する。
- 秘密文書は追放されたウイグル人のチェーンを介してICIJに届いた(The secret documents came to ICIJ via a chain of exiled Uighurs.)
- 文書は新彊の治安担当共産党委員会のもので、大量収容キャンプを運営するための操作マニュアル。「秘密」とあり、新彊の共産党副長官で最高治安当局者朱海倫が承認している。
- 文書には治安規則、拘留者の監視管理方法、キャンプの教科、釈放基準などの、運営要員向けの詳細な2017年のマニュアルが含まれる。
- データ収集システムである統合運用環境からの政府の秘密情報ブリーフィングが含まれ、拘禁対象の新彊市民を特定する集団監視と新彊のキャンプとの関係を示している。
- 中国警察がAIを使って広大な新彊区画を拘留候補地として選び、大規模データ収集および分析システムからの命令に基づいて大量逮捕を行っていることを示している。
- マニュアルは、新彊の政治法務委員会、地域の治安機関を担当する中国共産党機関及び新彊共産党の対ウイグル委員会による治安情報支援のために作られた。
- 文書には逃亡を防ぐための厳格な対策を含む、キャンプ内の社会的統制の包括的なシステムに関する豊富な詳細を提供している。
- Zapyaという通信アプリを使っているだけで疑われることが明らかになった。2017年6月現在、180万人以上のウイグル人がZapyaを使っている。
27日の大紀元もIDIC文書を基にして、収容者の日常生活にまで微に入り細を穿った異様な具体的管理項目や管理手法など、そして施設管理者に対する事細かな指示事項などを紹介しているが、紙幅の関係でここでは省略する。
中国政府の反応
27日18時前の環球時報は「中国共産党の信用を落とすポンペオの無駄な努力」と題し、前日にポンペオ国務長官が中国によるウイグルの人権侵害を「世紀の汚点(stain of the century)」などと非難したこと触れ、中国共産党と西側の政党との違いを書いていて興味深い。
政権に政党が出入りするので、西側の政治システムでは政党が責任を免除される。西側の政党の最も重要な能力は自分自身を説明し擁護することだ。しかし、中国共産党は、中国に対する多くの責任を担っていて他に責任転嫁することができない。唯一の選択肢は国家を前進させることだけだ。
また28日午前0時の環球時報は、新疆ウイグル地方政府がこの文書を明確に否定したとした。
新疆ウイグル地方政府は、漏洩文書を口実に一部の外国メディアが新疆ウイグルの職業教育および訓練センターを誇大宣伝し、地域のテロ対策と過激化防止活動を潰そうとしたと述べた。
28日午前7時の中国日報は、新疆ウイグルの現状を詳細に具体例を挙げて述べ、人々が安定を享受しているのに米国が内政干渉しているとした。
- 西側メディアは、新疆ウイグルの人権問題を扇動している。米国の政治家は19年にウイグル人権政策法を制定し、中国の企業や政府機関に制限が課され、当局者に制裁が課される可能性がある。これは中国の内政への露骨な干渉だ。
- 90年から16年まで新疆ウイグルは繰り返しテロに見舞われ、罪のない人々や警察官が殺されて貴重な財産が破壊された。これらの血なまぐさい攻撃は非難に値する。
- 新疆当局は3年前までに中央政府の積極的支援を受けて、テロリストや過激派を弾圧し、テロ攻撃を阻止するための決定的で強力な手段を講じた。以来、新疆ではテロ攻撃は止み、事件の数は急減し、治安は著しく改善された。
- 新疆ウイグルは過去3年以上前例のない平和と発展を享受し、観光部門は大幅に成長した。今年は10月までに2億人以上の訪問者を記録した。テロや宗教原理主義による問題に中国が対処できることを示している。
- 新疆地方政府は教育と医療部門を改善し、多くの雇用を創出して人々の福祉を向上させている。
- 16年から昨年にかけて、都市部で140万件の雇用が創出され、農村部では830万人が増加した。
- 米国の政治家は自らのビジネスに気を配り、中国の内政に干渉することを控えるのが良い。
各国の対応
米国や日本など23ヵ国は10月29日、国連人権理事会で中国に対し新疆ウイグルでの恣意的な逮捕と拘束を即刻停止するよう求める非難声明を出した。それを裏付けるように出てきたこの漏洩文書を受け、26日のポンペオの非難声明の外にも、仏外相は27日、「メディアが報じるすべての証言と資料を注視」しているとし、中国に対し「恣意的な大量拘束」の中止を求めた。(28日AFP)
英国政府も25日、「新疆の人権状況と中国政府の弾圧強化を深く憂慮している。100万人以上のイスラム教徒のウイグル人や他の少数民族の人々を、法に則らずに拘束していることを懸念している」とし、「英国は中国に対して引き続き、国連監視団が即時かつ無制限に新疆ウイグル自治区にアクセスできるよう求めていく」と外務省報道官が述べた。(26日BBC)
先述の「中国点描」で矢板は文書の信憑性について、「筆者が5年前に取材した内容と一致する部分が多いだけではなく、400枚もの捏造文書の辻褄を合わせることは不可能に近いと思われ、内部文書の信憑性はかなり高いと考える」と太鼓判を押した。
香港の区議会選挙では民主派が圧勝し、当局の人権無視の対応に反対する民意が明確に示された。そこへこのウイグルでの人権弾圧内部文書の漏洩だ。人権問題は内政干渉の埒外ともされる中、西側諸国と足並みを揃えて中国を諫めるべき日本、それでもその国のトップを国賓招待するのか。
参考拙稿
対中国の米国国内法:「内政干渉」はすべからく国際法に違反するか
高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。