対中国の米国国内法:「内政干渉」はすべからく国際法に違反するか

高橋 克己

中国紙チャイナデイリーは9月18日、「香港の最大政党が米国議会に干渉しないよう要求した」との記事を載せた。記事は米議会で目下審議中の「香港人権・民主主義法案」(以下、「人権法」)を牽制するもの。「人権法」は100万人を超える抗議デモが立て続けに起きた6月半ば、米議会の上下両院議員が超党派で提案した。

このタイミングでの記事掲載は、雨傘運動のリーダーの一人黄之鋒氏がドイツ訪問の後に訪米し、17日に「中国に関する議会執行委員会(CECC)」(共和党マルコ・ルビオ上院議員が共同議長)の公聴会で香港のデモの状況について証言したことに対するものだ。

黄氏ら6名は米議会に香港市民への支援を訴えると共に、中国が香港で「一国二制度」を守っているか否かを毎年検証する「人権法」の可決を求めた。

香港市民への支援を訴える黄之鋒氏(米議会YouTubeより)

記事は「民主建港協進連盟」のメンバーが、米国の香港・マカオ総領事ハンスコム・スミス氏に、「人権法」によって中国の内政に干渉することは不適切であり、国際慣行にも違反すると述べたことや同連盟の議員の一人が、検証の結果次第では香港に制裁が課される脅威が「人権法」にはあると述べたと報じている。

つまり、「人権法」が求める香港の自治の年次評価の結果が好ましくない場合には、「香港政策法」に基づく米国と香港の特別貿易および経済的地位の停止が含まれるかも知れないという訳だ。ついでに補足しておくと、記事の論調で判るように「民主建港協進連盟」は左派民族主義の中央政府寄りの政党だ。

「香港政策法」(以下、「政策法」)は、米国が中国返還後の香港をどう取り扱うかを定めた米国の国内法で、1992年に議会を通過し、香港が中国に返還された97年7月1日に発効した。成立のタイミングといい法律の名称といい、米国が中国を承認し台湾と断交した直後の「台湾関係法」(1979年4月発効)を連想させる。

爾来20年余り、米国は「政策法」に基づき、通商や投資、出入国、海運などでの特別待遇を香港に提供して来、香港も世界三大金融センターの一角として存在価値を高めてきた。だが、その後さらに著しい経済成長を遂げた中国は、雨傘運動の起きた2014年には、「中英連合声明はすでに失効した」との印象を世界に与えた。

今まさに中国との新貿易戦争を展開中の米国が、香港の大規模デモを契機に「政策法」の強化を図ろうと考えるのは当然だ。「人権法」は、「政策法」で米国が香港に与えた待遇を中国が香港に適正に運用させているかを毎年検証し、香港の自治権などに毀損が認められた場合、米国が特別待遇を打ち切る可能性を有する。

加えて、香港の人権や民主的な自治を犯したものに対する制裁も謳われており、制裁には米国の資産凍結や米国への入国拒否などが含まれる。目下の米中貿易戦争の中、中国にとって香港経由の対米貿易の重要性が増していることも大きいのではなかろうか。「民主建港協進連盟」の議員が警戒するのももっともだ。

写真AC

そこで内政干渉の話になる。冒頭の記事でも「“人権法”によって中国の内政に干渉することは不適切」と香港の左派政党議員の口から言わせているが、いったい「内政干渉」を頻繁に言う国とは、中国と北朝鮮を以って双璧だろう。両国に共通するのは一党独裁の共産主義・全体主義の国家であることだ。

全体主義国家の最たる特徴は「秘密警察」と「強制収容所」を国家維持の基盤にすること。ヒトラーのナチスドイツ、スターリンのソ連、そして現在の中国と北朝鮮がそうだ。戦前の日本をこれらと同列に言う向きがある。が、日本には「秘密警察」も「強制収容所」もかつて存在したことなどない。

国際法では「内政干渉」を「国内問題不干渉義務」といい、武力行使の禁止、紛争の平和的解決義務、相互協力義務、人民の同権と自決、主権平等、義務の誠実な履行と共に、国家間の友好関係と協力を推進するための原則7項目として、1970年に国連で決議された「友好関係原則宣言」に謳われている。

では国内問題に他国が介入すること全てが「内政干渉」になるかというと、そうではない。しばしば「適法な干渉」と主張されるものには次のようなものがあるという。(有斐閣「現代国際法講義」)

  1. 条約(*保護条約など)に基づく介入 (*1905年の第二次日韓協約がこれに当たる)
  2. 違法行為に対する抗議や*復仇 (*ふっきゅう=違法だが違法性が阻却される)
  3. 自衛権の行使
  4. 侵略に対する強制措置
  5. 強制的要素を伴わない単なる勧告や助言、または周旋・仲介申し入れなど
  6. 人道的な干渉

筆者は、中国や北朝鮮が「内政干渉」を頻りにいうのは、「強制的要素を伴わない単なる勧告や助言、または周旋・仲介申し入れなど」や「人道的な干渉」が必ずしも国際法上不法でないからではないか、と考えている。つまり、これが中国や北朝鮮の弱みなのだ。前掲書の記述をもう少し紹介する。

人道的干渉は国際法上許容されるとしばしば主張され、争われてきた。これは伝統的には、国家が自国内の少数民族や異民族を人種・宗教などの相違のために迫害する場合に、その中止を求め、時には武力を用いて介入することを正当化する論拠として援用された。

しかし、人道的干渉を理由とする武力行使が、単なる正当性を持つにとどまらず武力行使の禁止の例外として許容され得るか(は)、その乱用の危険性があるため否定的な評価も強く、また国連をはじめとする国際機関の介入に委ねるべきだとも主張され、慣習国際法上確立したものとみることは難しい。

つまり今日では「武力行使を伴う人道的干渉」は、友好関係原則宣言の武力行使の禁止との兼ね合いで「慣習国際法上確立」していないという訳だ。だが、裏を返せば「武力行使を伴わない人道的干渉」や「強制的要素を伴わない単なる勧告や助言、または周旋・仲介申し入れなど」は「内政干渉」に当たらないということだ。

筆者がいつも思うのは、「内政干渉だという側も、相手方の国内問題に干渉しているじゃないか」ということ。国内法で米国が「台湾関係法」や「香港政策法」や「香港人権・民主主義法」を設ける主たる理由は、当然に自国の利害だが、従たる理由には、中国が人権軽視の全体主義国家であるからだろう。

日本は米国と違って軍事力も経済力も中国の後塵を拝しているし、核を持つ北朝鮮にもその面では劣る。が、中国や北朝鮮の人権侵害は、知れば知るほど悲惨だ。これに発言しない政府もだらしないが、日ごろ人権人権と喧しい野党が両国の人権侵害に口をつぐむのはさらに情けない。もっと発信せよ。

以上、偶さか冒頭のチャイナデイリーや香港の黄之鋒氏訪米の記事を読んだので、日ごろ気になっていた「内政干渉」と「人権問題」について整理してみた次第。

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。