核兵器の拡大阻止へ、IAEAグロッシ時代がスタート

長谷川 良

国際原子力機関(IAEA)は2日、ウィーンの本部で特別総会(加盟国171カ国)を開催し、最高意思決定機関の理事会(35カ国)が10月末、在ウィーン国際機関アルゼンチン代表部のラファエル・グロッシ大使(58)を次期事務局長に選出した人事を承認した。これで今年7月末、天野之弥事務局長の急死で空席となった事務局長のトップ人事が正式に決まり、今月3日からグロッシ事務局長時代がスタートする。任期は4年。

IAEAのラファエル・グロッシ新事務局長(2019年12月2日、IAEA公式サイトから)

グロッシ新事務局長は総会で、「私は核兵器の拡大阻止と気候不順問題への対応に特に力を注ぎたい」と抱負を述べた。

IAEAは核エネルギーの平和利用の促進を主要目的として設置された専門機関だが、ここ数年は北朝鮮の核開発問題やイランの核合意問題などセーフガード分野で難問を抱えてきた。アルゼンチン出身のグロッシ新事務局長は核軍縮分野に精通した外交官出身だ。

IAEAは目下、イランの核問題の行方に神経を使っている。イラン核協議は国連常任理事国5カ国にドイツを加えた6カ国とイランとの間で13年間続けられた末、2015年7月に包括的共同行動計画(JCPOA)が締結されたが、トランプ米大統領が2018年5月8日、「イランの核合意は不十分」として離脱を表明した。それを受け、イランは今年に入り合意内容の履行を段階的に破棄し、合意違反を繰り返してきた。

イラン核合意では、イランは濃縮ウラン活動を25年間制限し、IAEAの監視下に置く、遠心分離機数は1万9000基から約6000基に減少させ、ウラン濃縮度は3.67%までとなっている(核兵器用には90%のウラン濃縮が必要)。

濃縮済みウラン量を15年間で1万キロから300キロに減少などが明記されていたが、イランは、「欧州連合(EU)の欧州3国がイランの利益を守るならば核合意を維持するが、それが難しい場合、わが国は核開発計画を再開する」と主張。濃縮ウラン貯蔵量の上限を超え、ウラン濃縮度も4.5%を超えるなど、核合意に違反してきた。

そして11月に入り、フォルドウの地下施設でも濃縮ウラン活動を開始した。核合意ではウラン濃縮は同国中部のナタンツの一カ所だけとなっている。

IAEAは核エネルギーを扱う純粋な技術機関だが、加盟国の様々な政治的思惑を無視しては運営できない点で、他の国連専門機関と同じだ。亡くなった天野氏はイランの核合意問題では米国のトランプ政権から嫌われる立場だった。「イランは核合意を順守している」と理事会で報告する度に、米国からバッシングを受けてきた(「トランプ氏が“天野氏叩き”を始めた 」2018年5月26日参考)。

一方、北朝鮮の非核化では依然、進展が見られない。北朝鮮の核開発を検証するIAEA査察官が2009年、北朝鮮から追放されて以来、IAEAは北の核関連施設へのアクセスを失った。天野氏は理事会では、「IAEA独自の情報はない。IAEAはいつでも北の核関連査察をする用意がある」と表明するに留まった。ただし、IAEA査察局内に2017年8月、北専属査察チームを設立し、北の非核化の進展具合如何では査察に乗り出すことができる体制を構築している(「北の核問題とIAEAの『失った10年』」2019年3月4日参考)。

北朝鮮問題はIAEA歴史の汚点といわれる。IAEAと北朝鮮との間で核保障措置協定が締結されたのは1992年1月30日だ。IAEAは翌1993年2月、北に対し「特別査察」の実施を要求したが、北は拒否し、その直後、核拡散防止条約(NPT)から脱退を表明した。しかし、翌年の1994年、米朝核合意がいったん実現し、北はNPTに留まったが、ウラン濃縮開発容疑が浮上し、北は2002年12月、IAEA査察員を国外退去させ、その翌年、NPTとIAEAから脱退を表明した。

大量破壊兵器の原爆を製造する方法は2通りある。使用済みの核燃料を再処理して出来るプルトニウム239を利用して製造するプルトニウム型原爆(長崎)と、濃縮ウラン235を使ったウラン型原爆(広島)だ。北朝鮮は過去、寧辺の核関連施設で5MW黒鉛減速炉を利用してプルトニウム型原爆を製造してきたが、濃縮ウランによる原爆製造にも乗り出していることが明らかになっている。

核開発の検証問題の他に、原発の安全性の強化も重大なIAEAの課題だ。福島第1原発事故(2011年3月)を受け、IAEAは「原子力安全に関する行動計画」を作成し、加盟国に福島第1原発の教訓をまとめ、原発の安全性強化に乗り出した。

いずれにしても、IAEA事務局長が天野之弥氏からグロッシ氏に代わろうが、事務局長はあくまでも事務局のトップに過ぎず、決定するのは加盟国だ。特に、35カ国から構成された理事国だ。天野氏は生前、「IAEAはあくまでも技術機関であり、決めるのは加盟国だ」と述べていた。その意味で、グロッシ事務局長になってもIAEAの仕事や役割に大きな変化はない。

ただし、北の非核化交渉もイラン核合意後の問題もトランプ米大統領のイニシャチブから始まった。その意味でIAEAは今後もトランプ氏の言動に揺れ動かされることが予想される。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年12月3日の記事に一部加筆。