筆者が原発推進派なのは、今世紀半ばに100億人を超えると予想される数の人口を、原発なしに賄えるほどのキャパが地球にないと考えるからだ。生物物理学と医学の博士号を持つ英国人ジェームズ・ラブロックの『ガイアの復讐』(中央公論新社)に多分に影響されてのことでもある。
原発稼働について問われた幼子を抱いた母親が、「子供がいるので心配」などと答える報道を見るたびに、自分やママ友らの子供はそれで良いとしても、例えばアフリカで暮らす数億人の子供たちは電気や食料や水にさえ不自由する生活のままで良いのか、と筆者は思う。
折しも2日から13日までマドリードで開催されるCOP25では、来年から運用される「パリ協定」の実施ルールの細部を詰め、新たな地球温暖化防止の国際的取り組みを有効なものする努力がなされるようだ。この関係では米国の協定離脱やヨットでスペイン入りしたグレタ嬢も話題だ。
2日の産経新聞は、30年度に13年度比▲26%という日本のCO2削減目標が「原発の再稼働が遅々として進まず、火力発電で穴埋めをしている現状のままでは達成不可能」で「原発再稼働の円滑化が不可避である。安倍晋三政権の急務は、再稼働の遅れの原因の洗い出しだ」とした。
同感だ。本稿では原発推進の必要性を増加する世界人口と経済格差の視点から考えてみた。文科系の論なので、いきおい定性的な話になることをご容赦願っておく。
原発の安全性
11月29日の産経「主張」は、「女川原発“合格”、新たな再稼働の道筋開け」との見出しで、「女川原発は東日本大震災の震源に最も近い原発だったが、巨大津波にも地震動にも負けなかった。被災した300人以上の近隣住民の避難生活を約3ヵカ月にわたって支えたのもこの原発だった」と書いている。
震災直後の福島第一原発を視察した青山繁晴氏(現参議院議員)も、「原発設備そのものは地震でほとんど破壊されていなかった」との趣旨を述べておられる。この古い米国GE製沸騰水型原発が、米国特有の竜巻対策で電源を地下に集約していたために津波で全電源が失われたことは知られた事実だ。
福島や女川の原発があの未曽有の大地震による破壊に耐えた上、爾後は原子力規制委員会の指針に則って全ての原発の電源が高所に設けられた他、諸々強化された安全基準を満たした原発だけが合格となっている。この事実を政府は日本国民のみならず世界に改めて強く発信する必要がある。
人口が急増する国ほど貧しい
今年6月に国連経済社会局(DESA)は、現在77億人の世界人口が50年には97億人に達すると発表した(参照:AFP)。50年までに増える世界人口の半分以上は、インド、ナイジェリア、パキスタン、コンゴ民主共和国、エチオピア、タンザニア、インドネシア、エジプト、米国の9ヵ国に集中するそうだ。
これを6月21日の日経新聞も「サハラ砂漠以南が高い出生率を保ち、19年時点の10億6600万人から50年には21億1800万人に倍増する。2100年には約38億人と世界の人口の3割強を占める見通し」とし、「電力、水道、交通網といったインフラの逼迫や公衆衛生の悪化も懸念される」と報じた。
国連資料(19年6月版)によれば国別の人口トップ14は以下で、先進国は米国と日本だけだ。
他方、国の貧しさを示す定性的な資料には「国連国際人口基金」(UNFPA)が同基金の支援を要する国を公開しているサイトがある。それによれば、同基金の支援を極めて高度に必要とする国は、南アフリカなど数か国を除くアフリカ諸国に集中している。
また高度の支援を要する国には、インド、パキスタン、バングラディッシュなどがあり、いずれも人口が多い上、今後も激増が見込まれる国々だ。つまりは「電力、水道、交通網といったインフラの逼迫や公衆衛生の悪化も懸念される」貧しい国や地域ほど人口急増が予想されるということ。
原発の数
(社)日本原子力産業協会(JAIF)の「最近の世界の原子力発電開発動向データ」は世界各国の原発の状況が一目でわかる資料を提供している。以下にその一部をまとめた。
驚くべき数字だが、世界には運転中(稼働中ではない)の原発が450基、建設中が66基、計画中が155基、提案中が410基あり、合計するとこの先1000基を超える原発が運転される。その内、中国が237基と2割を占めるが、今のところアフリカは南アとエジプトの14基に過ぎない。
日本には使命がある
この数字は多くを示唆する。日本だけが原発を抑制しようとも世界の原発は倍増し、その多くに中国製や韓国製が含まれるに違いない。特に貧しい発展途上国では中国が原発を一帯一路の餌に使うだろう。性能や安全面で日本製より優れるはずのない中国製原発が世界に広まるのを座視して良いのか。
東芝・日立・三菱が培ってきた世界一優れた原発技術を日本は世界に提供する使命がある。特許に公開制度があるのは、社会に広く活用されて人類の豊かな生活に資するためだ。日本の原発技術も日本が享受するだけのものにしておいてはならない。福島で世界に不安を与えたことを贖罪するためにも。
だが、原発新設の道を閉ざし、現有施設の維持と廃炉だけという、必要だが後ろ向きな日本の原発の現状を考えれば、そこに若い技術者は育つ余地は多くない。こうして日本の優れた技術が、使われたり伝承されたりすることなく、また一つ廃れてゆく(東芝問題も原発に起因していた)。
その証拠に、UAEは1号機を託した韓国の脱原発宣言を見て、その後の入札をサウジのそれと同様、中国、米国、フランス、ロシア、韓国との競合入札にした。そこに日本の名はない。筆者は、悔しさに胸が張り裂ける思いだ。
原発が優れている
未曽有の東日本大震災にも耐えた原発の安全性が信頼に足るとすれば、原料の安定確保や稼働に伴うCO2の排出の低さ、安定的かつ大量の電力供給力やコストなどを総合的に考えて、原発が火力や再エネに比べて優れていることは明らかだ(『ガイアの復讐』)。
核廃棄物についてもラブロックは次のように述べて処理地への私有地提供を申し出る。「自然界にとって放射性廃棄物は貪欲な開発者から守ってくれる歓迎すべき相手で、そこから被る害などわずかな犠牲に過ぎない。衝撃的な事実だが、深刻な汚染を受けた場所には野生動物が豊富に生息している」と。そしてチェルノブイリや米国の核実験場・核兵器工場の跡地の例を引く。そういえば福島も同様だ。
核廃棄物処理地では、強固な反原発に転じ発信している小泉元総理が、それを見学して宗旨替えしたというフィンランドのオンカロが有名だ。16年6月のAFP記事は、同国が「20年から、5500トンの廃棄物を地下420メートル超に埋める方針」と報じている。
筆者は前掲書やAFP記事を読み、逆に核廃棄物処理に目処がついたと感じる。小泉氏は、人類の英知を注げば再エネは必ずものになると仰るが、同量の英知を以てすれば一層安全で効率の良い原発とより確実な核廃棄物の方途が、再エネをものにするよりも遥かに容易に開発されるだろう。
グレタ嬢が原発をどう評価しているか知らない。が、原発抜きでは地球が100億人の人口を賄えるは道理がない。皆が洞窟で狩猟や採集をして暮らすなら別だが、1人当たりのGDPが3万ドルとはいわないまでも1万ドルの生活水準さえ無理だ。100億人が何をするにも必要な電気が不足するからだ。
ちなみに、16年に米国エネルギー学会のEnergy Writer of the Yearを受賞したMark P. Mills氏は、19年3月に発表した論考で「相対的に貧しい40億人が、1人当りで先進国の人々が使うエネルギーの15%を使うだけで、世界のエネルギーには米国1ヵ国分の消費が上乗せされる」と試算している。
資源の限られた地球で人類が繁栄し続けるには、電気は原発と再エネ(水力・地熱・洋上風力。環境破壊源の太陽光はNG)から得、化石燃料はまず化学工業で生活物資に変えて活用(廃プラでの発電はOK)する循環にすべきだ。さもなくばCOP25の議論はきっとまた絵に描いた餅になるだろう。
高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。