忘年会もピークが過ぎました。会社には、就業後の飲み会や、休日を使った社員旅行、慰労会といった多くの行事があります。
そのような社内のイベントで、必ず上司が口にする言葉あります。「宴もたけなわ」や「無礼講」です。
本来の意味を知らなければ大きなリスクになりかねません。上司は、会社の行事を「社員を慰労する場」と考えてはいないでしょう。上司が威厳を示して部下の評価を再確認する場だからです。様子を見ながら「こいつは可愛げがないから異動」「こいつはオレの地位を脅かすから降格」など、様々な思惑を巡らせているものです。
シンクタンクに勤務している頃、次のような出来事がありました。クライアントの酒造メーカーから工場見学のオファーがありました。役職者を中心に派遣メンバーが決められ、幹部クラスは自家用車での合流が許されました。随行メンバーのトップはI専務です。趣味は車で愛車はベンツ。「今回のベンツのパワーは最強だよ!」が口癖でした。
そして、最後に合流したのが、次期役員候補として将来を嘱望されている、T部長でした。ところが、T部長が合流してから、I専務の表情が険しくなりました。T部長は、I専務がなぜ怒っているのかわかりません。実は問題は車だったのです。I専務のベンツが型落ちのCクラスなのに対して、T部長のベンツはSLの上級モデルでした。
部下がグレードの高いベンツを乗っていたので、面白くなかったのだとすぐにわかりました。その場はどうにか収まったものの、宴会で修羅場が待っていました。I専務の「宴もたけなわ」の挨拶があり、カラオケ大会も終盤に差し掛かっています。I専務の十八番は、堀江淳の「メモリーグラス」です。T部長は、I専務にマイクを渡します。
I専務は「飲みすぎて声が出ない。君が歌ったらどうかね。今日は無礼講だ!」と返しました。「それでは」と、T部長はマイクをつかみ「メモリーグラス」を歌い出しました。高音の伸びのあるビブラートが利いた、それはまさに熱唱でした。周囲は氷点下10度くらいに凍り付いていましたが、T部長は満足そうでした。
翌月、T部長は資料室に異動になりました。過去の資料や出版物を整理する部署で、花形とは言えません。その後、この会社でT部長にスポットライトが当たることはありませんでした。社内では「メモリーグラス事件」として語り継がれることになります。
私の経験上、優秀な人は「形」を崩さないものです。「宴もたけなわで~」「今日は無礼講で」と言われたら、どのように対応すればいいのでしょうか。話が振られそうだなと思ったら、理由を付けてその場から立去るのがベターです。または、自室に戻るのもいいでしょう。アナタがいなければ、他の社員が無礼講の対象になるだけですから。
尾藤克之
コラムニスト、明治大学サービス創新研究所研究員
※15冊目の著書『すぐやるスイッチ』(総合法令出版)を出版しました。