※編集部より:本稿はイランによる米軍基地へのミサイル攻撃をめぐるトランプ米大統領の声明発表前に執筆されましたが、記事内容にあるこれまでの経緯は読者の米イラン衝突を理解する上で参考になりますので、そのまま掲載します。
米無人機によるイラン革命防衛隊「コッズ部隊」のカセム・ソレイマニ司令官殺害後、米国とイラン両国の報復発言が飛び交っている。米国側は今回のソレイマニ司令官殺害を、国際法に基づく自衛権の行使という立場だ。それに対し、イラン側は同国の英雄ソレイマニ司令官殺害に対し、激怒し、報復を宣言し、「米軍を支援する同盟国も報復攻撃の対象となる」と警告を発している。
そして8日未明(現地時間)、イランが数10発の弾道ミサイルをイラク内の2カ所の米軍駐留基地に打ち込んだ。イラン国営メディアは8日、「我々は15発のミサイルを発射し、少なくとも80人の米国テロリストを殺害した。米軍が報復攻撃をすれば、さらなる攻撃も辞さない」と指摘し、戦闘の激化も恐れない強硬姿勢を取っている(米国側はイランのミサイル攻撃では「大きな被害はなかった」と主張)。
イラン側は8日、報復宣言を実行に移したわけだ。奇襲攻撃ではなく、最初は「報復表明」、そして次はその実行という順序だ。もう少し厳密にいえば、「報復」を宣誓したゆえに、「実行」を強いられた、という面を否定できない。
トランプ米大統領側も同じだろう。トランプ米大統領がソレイマニ司令官殺害を指令したのは、イラク北部の米軍基地が昨年12月末、ロケット攻撃を受け、民間人の米国人1人が死亡したことを受けた報復攻撃だ。同大統領は、「これまでなかった規模の報復をする」と表明してきた。その直後、米無人機によるソレイマニ司令官殺害となった。トランプ側も「報復宣言」、その実行というプロセスを経たわけだ(トランプ米大統領は8日、イランのミサイル攻撃への対応を協議中だ。米国の出方次第では状況は一層エスカレートする)。
このように見ていくと、米国もイランも報復発言後、それを行動に移したわけだ。両陣営ともある意味でフェアだ。「戦うぞ」と言って「攻撃」したのだ。攻撃した後、戦いの意思を表明したわけではない。
ところで、米国とイランの国内事情を振り返ると、両国とも全面戦争をする考えがないのは明らかだ。しかし、「報復」するぞと威嚇した以上、何もしなかった場合、「言葉」の威信を失うだけではなく、国民、そしてメディアから「なあーんだ。報復といっても何もしないのなら、空言葉に過ぎない」という風に受け取られる。だから、米国もイランも一旦「報復」という「言葉」を発した以上、その実行を強いられることになったわけだ。
世界はインターネット時代に入り、全てはITに連結されてきた。情報は迅速に発信され、世界の隅々までその言動が伝達される。皮肉にも、情報時代に入った途端、その情報の信頼性を崩すフェイク情報が溢れ出してきた。すなわち、情報の核ともいうべき「言葉」の信頼性が恣意的に攻撃されてきたのだ。もちろん、「言葉」のせいではない。それを発する側の責任だ。
米イラン紛争を見ていると、いよいよ「言葉による報復」が始まったのを感じる。トランプ大統領は「報復」を宣言した。それ故にそれを実行しなければならない。イランも同じだ。ソレイマニ司令官殺害を受け、報復を宣言したため、弾道ミサイルのボタンを押す羽目になった。自身が発した「言葉」にこれまで以上に拘束されてきたのだ。すなわち、「言葉」が今、報復に出てきたのだ。言葉を発した人間の責任を追及し出したのだ。
大統領や首相など政治指導者は威信を重視し、権威を大切にするから、何らかの理由で発した「発言」、「言葉」を簡単には引込められない。一旦発した「言葉」は必ず実行しなければならなくなるわけだ。これを当方は「言葉の報復」と呼ぶことにした。
新約聖書「ヨハネによる福音書」第1章の「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神だった」という聖句はよく知られている。モーセが神からもらった石板には神の十戒が記述されていた。「言葉」が書かれていたのだ。全ては言葉から始まったことが分かる(現代風に表現すると、人間を含む全ての森羅万象は、言葉が質量を得て物質化した世界だ)。
米イランの紛争では、単なる威嚇のつもりが、実行を迫られる羽目に陥る。極端にえば、誰も戦争をしたくないのに、戦争を始めてしまう。「言葉」がわれわれに「あなたはこう言ったではないか」と追及し、威信とメンツに拘る関係者(米国とイラン)に言葉の実行(戦争)を強いる。このようにして、言葉を疎かにしてきた人類は遅かれ早かれ「言葉の報復」を受けることになるわけだ。米イラン紛争はそのことを我々に教えているように感じる。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年1月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。