文化庁は昨年の通常国会への提案が見送られた違法ダウンロード(以下、“DL”)規制を今年の通常国会に提案すべく検討中だ。1月7日に開催された第3回目の検討会を傍聴した。
昨年、批判を浴びたクリーンショットに違法画像が入り込むのも違法としていたのを適法にすること、数十ページで構成される漫画の1コマなど軽微なもののDLは適法にすることなどは了承されたが、「著作権者の利益を不当に害することとなる場合に限定すること」については議論が分かれて結論が出ず、座長(土肥一史 一橋大名誉教授)のとりまとめ案を各委員が見た上で判断することとなった。
限定案に対する賛否の意見が拮抗する中、両論併記を示唆する委員もいた。2019年秋に文化庁が実施したパブコメで、昨年の文化庁案に対する反対が個人では8割を占めたこと、そのパブコメの要望をほとんど反映していないことなどから、今後の議論に耐えられるのか、昨年の繰り返しにならないのかという懸念からだった。
山田太郎参議院議員のコメント
昨年、文化庁案の国会提出を見送った自民党は、審査する小委員会の事務局長を務める山田太郎参議院議員が次のようにツイートしている。
山田議員の指摘する文化庁案の問題点はITmedia NEWS が以下のように紹介している。
表現規制反対派の山田太郎参議院議員は「ダウンロード違法化は、漫画、アニメ、ゲーム以外にも論文、ビジネスデータ、その他趣味の世界にも影響があります。今回の文化庁検討会がまとめている海賊版対策は、漫画やアニメの海賊版に限定するという条項案は削除されています。さまざまな方面で懸念を感じる方々は声をあげて欲しいと思っています」と訴えている。
山田議員は昨年12月21~22日開催の日本文化政策学会大会の「『DL違法化の対象範囲の見直し』の議論から何を学ぶべきか?」というセッション(モデレーター小島立 九州大准教授)にも登壇。立法事実(規制の必要性と許容性)について慎重に審査する必要があると訴え、2012年から違法化されている音楽・動画のDLに対して未だに逮捕者が出ていないこと、音楽配信もダウンロード型から定額制のストリーミング型の時代に入っていることなどを指摘。聞きながら学ぶべきは、今世紀初めにアメリカで起きたナップスター事件の教訓だと思った。
ナップスター事件とは?
ナップスター社は、個人間で音楽データの無料交換が自由にできるP2P(ピア・ツー・ピア:「仲間同士の」という意味)ソフト、ナップスターを開発し、不特定多数のユーザーに無料配布していた。今回の海賊版の被害額は3200億円に上るとの試算もあるが、ナップスターによる音楽会社の被害額も、最盛時には8千万人が利用したといわれただけに相当なものだった。
このため、違法化する法案が数件提案されたが、いずれも制定には至らなかった。米国民の3人に1人が利用したソフトの違法化には、票に敏感な政治家も二の足を踏んだ。昨年、自民党が選挙を控えて、通常国会への提案を見送ったのと同じ政治的判断である。
違法化法案は通らなかったが、ナップスターに対してはレコード会社が著作権侵害で訴え、サンフランシスコの連邦高裁は2001年に侵害を認める判決を出した。この判決で無料交換の停止を命ぜられたナップスターは、会員制の有料交換サービスに生き残りをかけたが成功せず、結局サイト閉鎖に追い込まれた。
スティーブ・ジョブス氏の先見の明
ナップスターがビジネス化に失敗する中、音楽ネット配信の将来性を見抜いたのがアップルのスティーブ・ジョブス。2003年に音楽配信サービス iTunes ストアを立ち上げると、有料とはいえ安価(1曲99セント)で使い勝手のよいサービスだったため、爆発的人気を博した。
音楽市場はアップルが先導したダウンロード型から、定額制のストリーミング型に移行しつつある。改正案では今回の対策検討のきっかけとなった海賊版サイト「マンガ村」のようなストリーミング型は違法化されない。山田議員が違法DL範囲拡大の効果を疑問視し、違法(DLではなく)アップロードの取り締まりを強化すべきとする理由もここにある。
迷走する海賊版対策
海賊版対策としては、2018年に知財本部がブロッキング(接続遮断)を提案。検討会議が設けられたが、委員の意見が対立して結論を出せなかった。このため、ブロッキングについては両論併記に終わった中間まとめで、海賊版対策として、①正規版流通の環境整備ほか ②リーチサイト規制の法制化や静止画(書籍)のDL違法化の検討 ③ブロッキングについては適用するケースを限定…などの対策を掲げた。
これを受けて、文化庁が②を検討したが、自民党の了承が得られず2019年の通常国会提案は見送られた。被害額3200億円にも上るとされる海賊版が喫緊の課題であることに異論はないが、③のブロッキングは「通信の秘密」、②のリーチサイト規制や静止画DL違法化は「表現の自由」といずれも憲法で保障された基本的人権を侵害するおそれがあるため、当然反対意見も多い。現に2019年の文化庁案に対しては、海賊版の被害者でもある漫画家たちも自分たちの創作活動に支障をきたしかねないとして反対に回った。
東南アジアでは実現している安価な正規版漫画の流通
①の正規版流通の環境整備については、2019年8月26日付、日経ビジネス誌が「日本の漫画、クールじゃない届け方」と題する記事を掲載している。以下、筆者なりに要約する。
- 超有名な作品以外にも日本のコンテンツのファンの裾野は広がっているが、手放しで喜べないのは、人気の火付け役が海賊版でること。
- 東南アジアでは書店数が少なく、若者を中心に漫画はスマートフォンで読む習慣が根強いが、日本の漫画は電子書籍化されていない。
- 数多くある海賊版サイトでは各国の言語に翻訳された最新話が随時アップロードされる。インドネシアやタイの読者にとって遅れて出版される紙の出版物を購入する動機がほとんどない。
- 問題は海賊版の横行や電子書籍展開の遅れだけではない。ネットやアプリで流通するマンガは通常、1語ごとに「バラ売り」されている。タイでは1話当たり3バーツか4バーツ(約10~14円)程度で若者でも気軽に購入できる。日本の漫画はこの形式にはまだ対応しきれていない。
- 少額とはいえ、きちんと対価を払ってくれる読者はいる。だが日本のコンテンツは高価な紙の本で読むか、スマホで海賊版サイトにアクセスするしかないのか現状。
音楽配信の例に戻ると、ジョブスが聞きたい曲が1曲しか入っていないCDに20ドルも支払う余裕のない若者に、1曲99セントで購入できる道を開いて大ブレークした事例を参考にすべきである。
出版業界はこれまでも再販制度のような法制度に守られてきたため、古いビジネスモデルを法制度で守ろうとする体質から抜け切れず、時代に合った新しいビジネスモデルの開発を怠ってきたのではないか?
酷な言い方をすれば、今回そのツケが回ってきたともいえるので、この機会にユーザーのニーズに応える新しいビジネスモデルの開発=安価な正規版の流通に真剣に取り組むべきである。
城所 岩生 国際大学グローバルコミュニケーションセンター(GLOCOM)客員教授。米国弁護士。