わたし自身の経験と自戒、反省も重ねてのことだが、日本メディアの欧州駐在特派員から、“ブレグジット”の不確実性ばかりが伝えられ、それにいまは違和感を覚える。つまり1月末に迫った英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)と、その英国を含む欧州の不安をあおる情報ばかりがみえる。
だが、その不安は地元欧州の感覚であり、グローバルな判断とは言えないのではないか。英国が1973年にEUの前身、欧州共同体(EC)に加盟したとき、日本ではなだれを打ったように「英国の欧州(大陸)化」一色の報道となったが、今回ブレグジットは、その真逆のように感じる。だが現実にグローバルな世界では、ブレグジットを好機として対応する姿もみえる。
その一例が急速な経済成長を続けるインドの英国へのアプローチであり、それに呼応するブレグジットの旗手、ジョンソン英首相の姿だ。
2019年7月登場の英ジョンソン新内閣は、閣僚に強硬EU離脱賛成派の3人のインド系英国人を登用した。プリティ・パテル内相、インド生まれのアロク・シャーマ国際開発相と、さらに注目すべきは閣僚級のリシ・スナク財務長官だった。
1961年に財務省内に創設された財務長官ポストは、財務相、第一大蔵卿(形式的にはジョンソン首相兼務)に次ぐ3番目に高い閣僚級のポスト。いわば財務畑でのジョンソン首相の代理役を担うほどだった。2019年12月のジョンソン率いる保守党圧勝に、こうしたインド系英国人も大きく力を貸したはずだ。
英コンサル企業「グラント・トムソン社」の調査では、ブレグジットが進行中のなかで、英国内のインド企業も増えている。そのインド企業は2018年の800社から、2019年には842社に、2020年にはさらに飛躍的に増える可能性があるという。
英国側では、これらインド企業の一部は、前年比100%以上の成長の例もあると指摘する。「英国は常にインドの投資を歓迎している。インドの重要性は“英国とインド”という歴史的な二国間だけに、他の国とは違う」と絶賛する英政府関係者の声もある。これらインド企業が英国内で、推定10万人を雇用していることも重要な要素だ。
また英金融グループのスタンダード・チャータードの最新報告では、2030年までに世界のトップ10か国経済のうち、7か国は現在の新興成長国とし、そのなかのインドは、日本よりも大きな経済力を持つ可能性が高いとみている。
英国にとってインドの存在は大きいし、ブレグジットには、英国の根底にある再び海洋国家への歴史回帰のささやきがある。
大英帝国は歴史の彼方に姿を消して久しいが、英国はいまも、ゆるやかな英連邦の盟主の座にある。英国の現EU加盟で、そのとき離別させられた国々が、インドを始めとするグローバルな英連邦諸国だ。
英国が再び、インド洋から太平洋まで進出する姿を示しているのは、ブレグジットにつながる英連邦諸国あってのこと。またジョンソン首相の新中国姿勢の裏には、返還した、いま騒然たる香港だが、依然、経済パイプ役となるとにらんでのことだ。
先祖がオスマン・トルコ帝国の大宰相だったジョンソン首相自身、EUイメージに程遠いイメージがある。先立つ前内閣外相時代に、先祖のオスマン・トルコのグローバル領土を想起したのか、「グローバル・ブリテン」を標榜したのもジョンソン首相だった。
EUは欧州大陸、仏独主導のものから始まったもので、英国は原加盟国ではない。またEU域内でもいまだに英国を先頭に、北欧、東欧の一部は域内の「単一通貨ユーロ」とは一線を画し、従来の自国通貨を国内で使うスタンスを取っている。
またEUの東方拡大で、現実には域内格差の大きな矛盾点が生まれているばかりか、冷戦体制崩壊後、念願の自由を実現したはずの東欧ハンガリーやポーランドでは、歴史風土から来るのか、自己保身的な強権政治が復活している。欧州統合を描いたバラ色の夢は、その理想の実現から大きく後退している。
ブリュッセル駐在EU記者団年次総会を思い出す。アルコールも入った総会後半は、最大勢力の英国特派員団に牛耳られた。エルガーの行進曲「威風堂々」、愛国歌の「ルール、ブリタニア!(英国よ 世界を支配しろ!)」の大合唱。そのあとは「英国がEUを去るとき」だった。あのポピュラーな「聖者が街にやってくる」の替え歌。そのむかしから、英国のブレグジットには“一理”あったように思う。
山田 禎介(やまだていすけ)国際問題ジャーナリスト
明治大卒業後、毎日新聞に入社。横浜支局、東京本社外信部を経てジャカルタ特派員。東南アジア、大洋州取材を行った後に退社。神奈川新聞社を経て、産経新聞社に移籍。同社外信部編集委員からEU、NATO担当ブリュッセル特派員で欧州一円を取材。その後、産経新聞提携の「USA TODAY」ワシントン本社駐在でUSA TODAY編集会議に参加した。著書に「ニュージーランドの魅力」(サイマル出版会) 「中国人の交渉術」(文藝春秋社、共訳)など。