ウィーンに暫定事務所を置く包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)から久しぶりにニュースが流れてきた。CTBTOが誇る国際監視制度(IMS)は昨年12月13日、アルゼンチンのインフラサウンド観測所、そして南アフリカで放射性接種観測所の2カ所が正式に加わったことで、観測所数が「300カ所」の大台に到達したという。IMS網はいよいよ完成(目標337カ所)に近づいてきたわけだ。
IMSは核爆発を探知するネットワークで全世界に4種類の観測所(地震観測所、微気圧振動観測所、水中音波観測所、放射性接種観測所)を設置し、監視している。同時に、IMSは過去、インドネシアの大津波などの自然災害の対策にも大きく貢献してきた。
CTBTO準備委員会暫定技術事務局のラッシーナ・ゼルボ事務局長は、「300カ所の観測所網は偉大な業績だ。そのために努力したスタッフ、関係国に感謝したい」と述べている。
ところで、CTBTOを取り巻く情勢はよくない。CTBT条約の署名は1996年9月の国連総会で開始されたが、24年目を迎えた今年現在もCTBT条約は発効していない。加盟数、批准数では既に普遍的な国際条約といえるが、条約発効に不可欠な44カ国の署名・批准が完了していないのだ。現実的にいえば、44カ国が署名し、批准する見通しは限りなくゼロに近い。ということは、CTBT条約が近い将来、発効することは期待できないわけだ。
条約発効要件国44カ国の中で米国、中国、インド、パキスタン、イラン、イスラエル、エジプト、北朝鮮の8カ国は未批准だ。CTBTOのサイトによれば、1月現在、加盟国は184カ国、批准国168カ国だが、条約発効に必要な44カ国の批准国は36カ国に留まっている。
8カ国のうち、特に、北朝鮮は署名・批准する考えがない。同国は核保有国入りを目指し、既に6回の核実験を実施してきた。イランはトランプ米政権の制裁圧力に抗し、ウラン濃縮関連活動を全開する考えだ、といった具合だ。
条約発効が難しいことを一番知っているゼルボ事務局長は昨年、天野之弥事務局長の急死で空席となった国際原子力機関(IAEA)の事務局長選に立候補している。条約が発効しない国際機関の暫定事務局長に留まるより、職員数2300人を誇る花形のIAEA事務局長のほうが数段魅力的なのはいうまでもない。
参考までに、同事務局長は決選投票までいかず、早々と落選した。2期の任期が終わる2021年7月31日まで同事務局長は現職を務めることになる。蛇足だが、転職を希望していた事務局長の下で働くCTBTOスタッフの仕事への意欲が減退しないかが懸念だ。
それでは条約の早期発効の見通しがないCTBTOをどうするかだ。考えられるシナリオを紹介する。
①条約発効要件国44カ国を明記した条約14条を削除する。理論的には可能だが、そうなれば改正条約の署名、批准プロセスはゼロから再出発しなければならなくなる。CTBTOのヴォルフガング・ホフマン初代事務局長は、「新しい条約の作成、その後の署名・批准に多くの時間がかかるから、どの加盟国も願っていない」という。
②CTBTOをIAEA(国際原子力機関)に併合する。CTBTOもIAEAも核問題を扱う国際機関だ。後者は核エネルギーの平和的利用を主要目的とし、前者は不法な核爆発の監視だ。CTBTOをIAEAの核監視局として併合する。国連総会での承認が必要となるが、可能だ。そのうえ、資金の節約という点でも期待できる。発効しない国際機関のもとで300人余りの職員を抱えることは、大きな浪費だ。CTBTOを吸収したIAEAは巨大な国連専門機関となり、核全分野を掌握する一大機関となる。
③CTBTOを核爆発の監視という任務から津波など大災害の監視機関にその主要任務を移動する。地球温暖化、気候不順など自然災害が多い現在、CTBTOは自然災害をIMSを通じて世界に迅速に知らせる任務を担う。核爆発の監視は継続するが、その主要ターゲットを自然災害対策に移行することだ。自然災害に苦しむ加盟国の支持は得られるだろう。ただし、機関名を現行の「包括的核実験禁止」ではなく、「包括的災害対策機関」に改名する必要が出てくる。③の案は、IMSに投資してきた努力を無駄にしないという意味でも加盟国の理解が得られるだろう。
④CTBTOを解体する。核問題を取り扱う国際条約が如何に加盟国間のコンセンサスを得るのが難しいか、という教訓を残し、24年間余りの外交努力は水泡に帰す。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年1月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。