2020年1月22日の産経新聞の記事(「楽天送料で公取委に調査要請」)より。
通販サイト「楽天市場」を運営する楽天が3980円以上の購入で送料を出店者負担で無料にすることに対し、出店者が加入する任意団体「楽天ユニオン」は22日、独占禁止法違反に当たるとして公正取引委員会に署名を提出し、調査と排除措置を求めた。楽天側は「売り上げが伸びて店舗のメリットにつながる」と主張し意見が対立、公取委の判断が注目される。
ユニオン側の言い分では「出店者側の十分な同意を得ないまま送料無料の制度を導入するのは、独禁法で禁じる『優越的地位の乱用』に当たる」とのことだ(独占禁止法では「濫用」という漢字が用いられている)。
優越的地位濫用規制は、簡単にいえば、取引関係上優越的な立場にある業者が(劣位にある)その取引の相手方に対して、後者にとって不都合な契約変更を押し付けたり合理的根拠のない金銭の提供を求めたりするなど、相手にとって不利益になるようにその力を濫用する行為を禁じるものである。
楽天側が優越的地位に立っている(相手方が容易に他の取引先を見出せない状況ある)という前提で考えて、この送料無料の義務付け制度の導入が、果たして「濫用」といわれるようなものといい得るのだろうか。
ここで注意すべき点は二つある。
第一は、送料無料の義務付けの狙いが、楽天だけが唯得をするものではなく、楽天のユーザーである一般消費者にとって有益なものであると、楽天側が考えているということである。一般消費者に対する便宜を図ることを通じて、自社の競争優位を確立する(あるいは多数のプライム会員によって支えられているAmazon等他のプラットフォーマーに対抗する)という「健全な競争活動」としての意図もある。確かに、一律送料無料となればユーザーにとっては「比較が容易」になり、それは消費者フレンドリーなものとなる。
私は楽天ユーザーでもあるし、Amazonプライム会員でもある。業者が消費者フレンドリーになることは、一消費者として、もちろんウェルカムである。
いわゆるデジタル・プラットフォーマーである楽天は、売り手と買い手を結ぶマッチング・ビジネス(あるいはその場の提供)を主たる業務内容としており、常に「二面の市場」と向き合っている。両方の市場においても取引相手との関係で優越的な立場にあるのであれば、それはまさに支配的だといえる。楽天のケースについては、一方の市場では競争的な状況に直面していて、他方の市場では取引相手に対して優越的な地位を確立している場合、だといえようか(楽天側はそもそも優越的地位の存在それ自体を争うかもしれないが)。
楽天はこの点について強気に見えるのは、一般消費者獲得をめぐってAmazonなどと熾烈な競争をしており、「楽天には消費者が味方に付くはずだ」という「正当化」ができると考えているからだろう。
第二は、第一の点に関連するが、送料無料の義務付けが「売り手に負担を増やす」というが、果たしてそうなのか、という点である。買い手側から見れば、ものを買うとき、自分がトータルでいくら払うかが重要である。その比較において「どこが一番得なのか」を考えているはずだ。送料無料の義務付けとなれば、それまで送料を含まなかった商品の値段が「実質、送料込み」の値段となる訳だから、表面上、高くなるのは自然な帰結である。
「送料無料にするという前提での値段を示せ」というのでも、「(無料の場合も含めて)送料込みの値段を示せ」というのでも、結果、同じことだろう。そうではダメなのか?
売り手側からすれば「高く見られるのは嫌だ」という抵抗感があるのだろう。どっちにしても嫌がるかもしれない。
プラットフォーマーからすれば「送料無料」というイメージが欲しいのかもしれない。そうであれば後者ではダメなのだろう。「売り上げが伸びて店舗のメリットにつながる」との楽天の主張はこのイメージを意識してのものなのだろうか。
問題の本質は、実は、値段が安くなる、値段が高くなるということではなく、「見せ方が変わる」ということについてのせめぎ合いだ、ということなのではないか。そうだとすると、どっちもどっちという気もする。
もちろん、実質的に値段が上がる、あるいは下がるというのではあれば話は別だ。このケースの帰結を詰めて吟味する必要がある。
何れにせよ、今後の公正取引委員会の反応が注目される。
楠 茂樹 上智大学法学部国際関係法学科教授
慶應義塾大学商学部卒業。京都大学博士(法学)。京都大学法学部助手、京都産業大学法学部専任講師等を経て、現在、上智大学法学部教授。独占禁止法の措置体系、政府調達制度、経済法の哲学的基礎などを研究。国土交通大学校講師、東京都入札監視委員会委員長、総務省参与、京都府参与、総務省行政事業レビュー外部有識者なども歴任。主著に『公共調達と競争政策の法的構造』(上智大学出版、2017年)、『昭和思想史としての小泉信三』(ミネルヴァ書房、2017年)がある。