中国の1000万都市である武漢で猛威を振るっている新型コロナウイルスであるが、中国政府による強烈な都市封鎖が実施されており、いまのところ武漢以外で次々に犠牲者が出ているという状況ではない。この原稿を書いている時点で、確認された新型コロナウイルスの感染者数はおおよそ65,000人、死亡者数は約1,400人である。そのほとんどが武漢と周辺の都市である。中国本土外では2位が横浜に停泊して乗客が隔離されているダイヤモンドプリンセス号での200人以上の感染者と合わせ、約300人に達した日本、次がシンガポールと香港でそれぞれ約60人である。
これだけ見ると、武漢への封じ込めが上手く行っているように見える。しかし、それは大きな間違いであり、いま世界の大都市、とりわけ東京や大阪で水面下で新型コロナウイルスが広がっている、というのが筆者の見立てである。そして、筆者を含め、多くの識者がこのウイルス禍を過小評価していたと思われる。その過小評価が起こってしまった理由と、これから何が起こるかの筆者の現時点での予想をここに書いておく。
人間は指数関数的増加関数を過小評価する
ウイルス感染のような現象は1人が2人に感染させ、その2人が4人に、4人が8人に……、というように指数関数的な挙動を示す。そして、人間はこの増加ぶりをほとんどいつも過小評価する。たとえば、2週間前にTwitterで識者たちが新型コロナウイルスについてワイワイと議論していたときの感染者数と死者数を覚えているだろうか? 最初に書いたようにいまや感染者数は7万人に迫っている。筆者のTweetを見返すと、答えは約6000人だ。死者数も130人ほどである。わずか2週間前、その数は10分の1以下であったのだ。
わずか2週間で感染者数も死亡者数も10倍以上に増えているのだ。
もっとも、注意してほしいのは、この正式に確認された感染者数はそれほど意味はないということだ。なぜならばこれは病院が検査に回す診断基準や検査キャパシティによるからだ。たとえば、野戦病院と化してしまった武漢の病院では重症患者を優先して診断・治療している。ここに現れる数は、WHO事務局長のテドロス氏の言葉を借りれば氷山の一角である。実際の感染者数はこれよりはるかに多いはずだ。
見えてきた凄まじい感染力
初期の頃の調査結果からかなりの感染力であったことはデータ上はわかっていたが、実際に感染経路を割り出した最近の身近なニュースなどを見ると、その意味するところはなかなか深刻だ。ひとつの都市に封じ込めるなどということがどれほど困難なのか考えると、絶望感さえある。
香港では中華圏ではおなじみの火鍋を親戚19人で集まって食べていたところ、そのうち9人に感染してしまった。また、ダイヤモンドプリンセス号から患者を搬送しただけの消防署職員も感染している。言うまでもなく、ダイヤモンドプリンセス号での感染者数の増え方は驚異的だ。
●「火鍋」で新型ウイルス感染、1月に大家族で会食-香港で関連株下落(ブルームバーグ)
知識層は日本の原発事故の教訓を過学習していた
今回のウイルス禍の前の類似のグローバルなクライシスと言えば、東日本大震災と原発事故である。そして、筆者を含めて、日本の知識層はこの事故から過学習をしてしまったと言わざるをえない。このとき、マスコミは放射能汚染を散々に煽ったが、そのほとんどがデマであった。
また、今回のように、各国政府が早々に日本から自国民を退避させるなどの行動を取ったが、それらも後から考えれば過剰なことであった。日本で放射線レベルが健康被害を与えるほど高くなることはまったくなかったからである。こうした事実関係を正しく認識している知識層は、マスコミが危機を煽ったり、外国政府が特定地域からの入国拒否などの措置を取っても、それを過剰反応と見てしまうクセがついてしまっていた。
また、この中国の武漢のウイルス禍について最初に騒いでいたのが右の反中国イデオロギーの人たち(彼らはひたすら中国人を入国拒否しろと合唱していた)であり、次に騒いだのが左の反安倍イデオロギーの人たち(彼らは今回のウイルス禍への安倍首相の対応をいつものように批判)であり、両者ともまともな知識層からは信頼されていないグループで、これも逆に新型コロナウイルスなどそれほど騒ぐことのほどではないという安心感を与えてしまった。
東京ではすでに水面下で感染が広がっていた
日本が検査基準を緩和し医師の判断である程度検査できるようになったため(以前は武漢に渡航歴があったり感染者との濃厚接触があることが条件だった)、14日には日本で中国に渡航歴などがない感染者が次々と見つかった。日本では水面下ですでに感染がかなり広がっていることの強い証拠である。
●新たな段階に入っている新型コロナウイルスと人類の戦い(東北大学大学院医学系研究科・医学部)
●感染症専門家「いつどこで感染起きてもおかしくない状態」(NHKニュース)
しかし、筆者自身は武漢での封じ込めが上手く行かず、かなり漏れ出てしまっていること、そして、その当然の帰結として、他の都市でも感染が拡大していくであろうことは、じつはかなり早い段階で予想できていた。
『週刊金融日記 第406号 最近まで知らなかったことを10年前から知っていたかのように語る技術 その2』
すでに1週間以上前の記事に、筆者は武漢封じ込めが上手くいくと最初は思っていたが、その後、あの中国政府の総力戦でさえ封じ込めは失敗しそうだ、と考えを改めたことを書いた。そして、じつはその時点ですでに、東京でも新型コロナウイルスの感染が広がることも、その結果としてどれぐらいの人が犠牲になるかということもだいたい予想していて、それはいまでも変わっていない。
しかし、なお過小評価していたことがある。その意味である。
チャーター便で武漢から帰国した日本人の感染率から当時の武漢の感染率は約1.5%ほどと推定される。武漢で最初の犠牲者が見つかってからわずか1ヶ月ほどでここまで感染が広がっている。武漢で起こったことを1ヶ月ほど遅れて何も対策をしていない東京が追っているとすると、いまちょうど東京は武漢で原因不明の肺炎患者がポツポツ見つかりだしたころである。指数関数的にここから一気に感染者数が増えていくので、瞬く間に武漢は手のつけられない状態になった。
それを見て、中国政府は、あれほどの経済的な犠牲を払ってまで、徹底的な封じ込め作戦を決行し、武漢から住民が他の都市に移動できないように交通網を分断した。上海や北京などは学校は休みになり、多くの人が集まる集会は禁止され、企業にも従業員を通勤させないように命令された。
さらに、香港・マカオという中国政府と一番繋がっている政府が、ディズニーランドもカジノもぜんぶ閉めてしまい、学校まで休みにしている。これでめちゃくちゃな経済損失が出ることは彼らが一番わかっている。
筆者はこうした中国の反応を、福島の原発事故で反核世論が盛り上がり、事故とは関係ない原発まですべて止めてしまった愚かな日本政府になぞらえていた。つまり、世論に阿った失政である。しかし、である。むしろ、言論統制ができ、世論に阿らないのが中国政府ではないか。その中国政府が、1000万都市を封鎖する他なかった、ということの重みをよく理解できていなかったのかもしれない。
そう考えると、世論を気にしないといけない日本で、これから次々と犠牲者が出てきた場合、本当に経済への影響を避けるためにこれまでのように何もしない、などということができるのだろうか。
仮に東京圏の約3000万人の2%が感染するとしたら、その数は約60万人である。このうちの一部が重症化し、致死率はまだ正確なところはよくわからないが1%弱といったところであろう。つまり、約6,000人が死亡する。これは交通事故を上回るし、毎年のインフルエンザによる死亡者数も上回るかもしれない。
この手のクライシスとしては非常に大きな数字であるが、それでも我々が社会で許容しているレベルの犠牲者数には落ち着きそうである。もっとも、最初に述べたように指数関数的な現象の予想は桁がひとつかふたつブレるのがふつうで、見積もり自体にあまり意味はないし、無理でもあるが……。
しかし、想像して見てほしい。あの中国政府でさえ都市封鎖という前代未聞の極端なことをやってしまったほどのウイルス禍である。今後、次々と重症の肺炎患者が病院に運ばれ、そして、メディアで犠牲者の数が報じられたとき、果たして日本社会は平静でいられるのだろうか。
感染爆発による犠牲者を減らせないまま、ある種の社会の免疫反応、そして、強烈なアレルギー反応により、無為な策を後手後手に講じて経済にもダメージを与えるようなことにはならないだろうか。そうなれば、命も経済も両方とも救えない、というなんとも救えない結果になってしまう。
以上が、現段階で筆者が予想していることである。何とも絶望的な予想である。筆者が時として予想を間違えてきたように、この予想が大きく外れることを心から願っている。
編集部より:この記事は、藤沢数希氏のブログ「金融日記」 2020年2月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「金融日記」をご覧ください。