独2大政党の賞味期限は過ぎたのか

長谷川 良

独与党「社会民主党」(SPD)元党首で、外相も務めたジグマール・ガブリエル氏は「戦後から続いてきた2大国民政党,『キリスト教民主同盟』(CDU)とSPDの時代は終わった」と指摘した。同氏の発言は、CDUのクランプ=カレンバウアー党首が10日、党筆頭首相候補者と党首の立場を辞任する意向を表明した直後に飛び出したものだ。クランプ=カレンバウアー党首の突然の辞任表明はCDUばかりか、メルケル連立政権に参加するSPDにも少なからずのショックを与えた。少し、報告が遅れたが、CDUとSPDの現状をまとめておく。

▲党首辞任の意向を表明したクランプ=カレンバウアー党首(CDU公式サイトから)

クランプ=カレンバウアー党首が辞任表明した直接の契機は、旧東独テューリンゲン州首相選で5日、極右党「ドイツのための選択肢」(AfD)が第6党の自由民主党(FDP)のケンメリヒ氏を支援して首相に選出したが、その際、州CDUが党の方針に反し、AfDと連携したことが明らかになったため、連邦党首としての引責という面もあるだろう。しかし、それ以上に、党内の保守派とリベラル派間の路線争いに嫌気がさした結果ではなかったか。同党首には、党内から十分な支持が得られないことへの強い失望があったのだろう。

ドイツ政界ではSPDの党内の混乱はよく知られているが、CDUもSPDと大きく変わらない。より深刻だ。「首相と党首を分割することは理想ではない」と主張してきたメルケル首相が2018年10月、突然、党首を辞任し、首相職に専心すると決めた背景には、CDU内の路線対立にエネルギーを費やすことを避け、2021年まで首相任期に専心したいという思いがあったからだ。

エネルギーだけ多くとられ、対外的にはあまり評価されない党首のポストを愛弟子のクランプ=カレンバウアー氏に譲ったわけだ。クランプ=カレンバウアー氏は18年12月に開催された党大会で党首という大きな荷物を引き受けることになった。その結果、SPDとの大連立政権ではメルケル首相が、党はカレンバウアー党首が率いる2頭指導体制がスタートした。

CDU内で路線対立が表面化した直接の原因には、①2015年の難民・移民の大量殺到に対するメルケル首相の難民歓迎政策、②ドイツ・ファーストを標榜するAfDの急台頭の2点が考えられる。①と②は密接に関連する。

100万人を超える中東・北アフリカからの難民の殺到に対し、ドイツ国民から強い抵抗が出てきたが、メルケル首相は難民受け入れ政策を堅持。CDU内でも国境警備の強化などの強硬政策を主張する声が高まったいった。そしてCDU内の路線対立は、その後の連邦議会選、欧州議会選、州議会選で得票率の減少という結果をもたらした。CDUは現在、「キリスト教民主同盟」(CSU)の本来の保守路線に戻るべきだと主張する声と、党のリベラル化、「緑の党」化を支持する声で混沌としている。

2015年以来、多くの難民が殺到し、ドイツ国内で社会的軋轢が生じるとともに、欧州入りした難民の中にはイスラム過激派テロリストが潜伏し、彼らは欧州各地でテロを実行したことで、メルケル氏の難民歓迎政策は一層批判にさらされていった経緯がある。

CDUの次期党首候補者としては、①ドイツの最大州ノルトライン=ヴェストファーレン州のアルミン・ラシェット州首相(58)、②元下院院内総務で政界を離れて実業界で歩んできたフリードリヒ・メルツ氏(64)、③第4次メルケル政権の保健相、イエンス・シュパーン議員(39)の3人の名前が挙がっている。その他、次期首相候補者として、バイエルン州の「キリスト教社会同盟」(CSU)党首のマルクス・ゼーダー・バイエルン州首相(53)の名前が囁かれている。

一方、SPDの低迷は目を覆うものだった。過去2年間で党首が2度、短期間で交代した。SPDは2017年3月19日、ベルリンで臨時党大会を開き、前欧州議会議長のシュルツ氏を全党員の支持でガブリエル党首の後任に選出し、メルケル首相の4選阻止を目標に再出発した。

シュルツ氏は停滞する党勢を取り戻す救世主のように期待されたが、その後の3つの州議会選(ザールランド州、シュレスヴィヒ・ホルシュタイン州、そしてドイツ最大州ノルトライン=ヴェストファーレン州)でことごとく敗北を喫し、本番の2017年9月24日の連邦議会選ではSPD歴史上、最悪の得票率(20・5%)に終わった。

シュルツ党首に代わり、社民党初の女性党首としてアンドレア・ナーレス氏が2018年4月、就任したが、ナーレス社民党もシュルツ氏と同じように、選挙の度に支持率を失っていった。同年10月14日のバイエルン州議会選では第5党となり、AfDの後塵を拝した。昨年5月26日に実施された欧州議会選では社民党は15・8%と前回(2014年)比で11・5%減と大幅に得票率を失い、独北部ブレーメン州議会選でも戦後からキープしてきた第1党の地位をCDUに奪われるなど、散々な結果に終わった。ナーレス党首は昨年6月2日、その責任を取って党首と連邦議会(下院)の会派代表の辞任表明をした。

そして昨年11月30日、党員選挙の結果、党内左派のサスキア・エスケン連邦議員とノルベルト・ワルターボルヤンス・ノルトライン・ウエストファーレン州元財務相の2人組が決選投票で53・06%の支持を得て、前評判が高かったオーラフ・ショルツ財務相とブランデンブルク州のクララ・ゲイウィッツ議員組を破り、次期党首ペアに選ばれたわけだ。

2015年後、ドイツ政界ではCDUとSPDの既成の2大政党は時代が直面する難問に対し、解決策を提示できず、党としてのアイデンティティも失ってきた。キリスト教の教えをバックボーンとするCDUは社会の世俗化の中で妥協を繰返し、労働者の党を標榜してきたSPDは労働者階級の支持を失い、党としての魅力もなくなってきた。その中で、AfDは2大政党への批判票、抗議票を吸収し、急台頭。一方、「地球温暖化」対策が大きな問題となってきたことを受け、「同盟90/緑の党」が躍進してきた。

CDUとSPDがドイツ政界を主導できる時代を再び迎えることが出来るかは、今後数年の動きで明らかになるだろう。いずれにしても、既成の2大政党には、時代が直面する難問、難民対策、地球温暖化対策、未来のエネルギー問題などに果敢に挑戦できる若い世代の台頭が不可欠だ。多くのドイツ国民は14年間余り続いてきたメルケル政治に倦怠感を覚える一方、党内で路線争いを繰返すSPDに愛想を尽かしているのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年2月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。