蔓延が鈍化?早々に高姿勢に転じる中国御用紙の論調は許しがたい

高橋 克己

下表は3月2日現在の新型コロナウイルス肺炎の感染者と死者の発生状況だ。数字の出所は世界の分が香港紙South China Morning Post、中国分が中国紙の環球時報と中国日報。

前日からの中国全体の増加は感染者125人、死者31人にとどまる。これを見る限り、中国の増加が湖北省を含めて収まりつつある一方、世界はまさに激増中、つまりパンデミック化の兆候を示している。もちろん中国の公表数字の信憑性や、国毎のPCR検査の頻度や精度の違いは考慮が必要だ。

WHOも先月28日、世界全体での新型コロナウイルス肺炎の感染危険性評価を「高い」から、最高の「非常に高い」に引き上げた。だのに、「パンデミック(世界的な大流行)の宣言ではない」とわざわざ強調したのは、事務局長があのテドロスだからだろうか。

習近平首席とテドロス事務局長(新華社通信より引用)

いずれにしても上表の数字を見れば、中国湖北省の感染者と死者の累計は67,217人と2,834人とそれぞれ世界全体の74%と91%を占めている。震源地と目される武漢を抱えるだけあって、やはり犠牲者の多くがこの地域に集中していることは紛れもない事実だ。

ところが、ここ数日の感染者と死者の増加が少しばかり収まりつつあるからか、はたまたWHOがパンデミックであることだけは否定したからか、中国政府の御用紙2紙、環球時報と中国日報の論調が攻勢に転じつつあるのだ。

口火を切ったのはテドロスが上記の会見をした翌29日に、「自らのウイルス制御失敗が嫌で中国を非難(Blaming China for own virus control failure detestable)」*との見出しで報じた環球時報。

記事は「流行との戦いが重要な時期なのに、一部の人々は自らの政府の不適切な対応への怒りを、中国発の流行だとラベル貼りして捌け口にしている」とし、「流行は中国で最初に発生したが・・今のところ科学界でさえ、ウイルスの出所の結論は出せていない」と嘆いてみせる。

続けて「米国では新型コロナとインフルエンザが明確でない」と、インフルが猛威を振るう米国を当て擦ったあと、「武漢で流行が起こったとき、地方の自治体は時間通りに行動しなかった」と武漢と湖北省に責任を押し付ける。だが、北京による初期の情報隠蔽は今や世界が知るところだ。

中国国内を重苦しい空気が包む(Lei Han/flickr:編集部)

しかし記事は「多くの感染症例が中国から世界の他の地域に広がったが、これは流行が悪化した国から他に感染しているケースと同じ様に自然なプロセスだ」と開き直り、「中国が後に採用した厳しい予防と管理措置は状況を大きく変え、WHOから高く評価された」と、呆れることに自画自賛する始末。

2日の環球時報「Gap between rich and poor in US laid bare in face of virus(米国の貧富の格差がウイルスに弱点を晒す)」*は、「米国人は米国の体制を世界標準のように考える」が、心配なのは貧しい人々で、「米国での流行はその貧富の格差を世界に示している」と、今度は米国の体制批判に及ぶ。

要は医療費が高額と米国を腐すのだ。「多くの人々が治療をする余裕がないという理由で、超大国がCOVID-19を制御できないとすれば、その国は本当にgreat againか?」、「中国の経験に基づき貧しい人々により多くの注意を払うべきであることを米国に思い出させたいと思う」と偉そうに書く。

次は3月2日の中国日報「Curbing ‘infodemic’ crucial to epidemic battle(流行の戦いに必須な“情報蔓延”制限)」なる社説。’infodemic’という新奇な語を見出しに使った、この伝染病を巡る様々な陰謀論を否定し、北京による様々な情報統制を正当化する内容だ。

記事は冒頭で、「酒を飲むと新型コロナ肺炎に感染しない」とか、「ペットがウイルスを広める」とか、「米国が作った生物兵器だ」とか、「武漢の研究所から漏れたもの」とかいった、目下SNSで広まっている噂は大衆を惑わせ、パニックを引き起こす、とこれを難じる。

しかし、ここに例示している4つの“噂”の真偽には大きな落差がある。特に「武漢の研究所から漏れた」ことには、米国が早々に申し出た調査団の受け入れを中国がとうとう拒み通したことや、ウイルスに残る人工的な跡など実証的な疑念もあり、これを否定する明確な事実は出されていない。

次に記事は「タキトゥスの罠」なるこれも新奇な語、すなわち「政府に信頼がないと、どんな政策もうまくいかない」というほどの意味の語を用い、北京ではなく、武漢に責任を押し付ける。曰く・・

流行の震源地の武漢市には、苦痛だが学ぶべき教訓がある。武漢当局が最前線の医師が鳴らした最初の警報をどう処理したかの調査がまだ続いているが、情報がよりオープンで透明でタイムリーに提供されていれば、武漢市はウイルスから身を守る準備ができたと思われる。

-習主席は、この言葉を使って政府の信頼を維持する必要性を強調し、演説しようと何をしようと、公共の権力が信頼を失うと、社会はそれが否定的に評価すると警告している。

嘘も繰り返せば事実になるというが、これを恥知らずといわずに何といおう。西側は勿論、中国でも共産党員9千万を含め(情報のない数億の貧民は除いて)、このような話が欺瞞と知らぬ者などいまい。30億が動くという1月20日週からの春節前に、習近平が人の移動を止めなかったのが元凶だ。

4本目は3月2日の環球時報に載った「ウイルスとの戦いは協力の機会を提供する(Virus fight offers cooperation opportunities)」と題された中国人民大学金融研究所学部長の寄稿。冒頭にこうある。

米国で新型コロナが大流行したなら、過去2ヵ月間に中国が収集したウイルス対策の経験と医療データを共有することだ。このことは、過去2年間ですべてが制御不能になった二国間関係を、正しい軌道に戻すのに役立つと信じている。

金融専門家らしく、ここ2年間の貿易戦争などで傷んだ米中関係を修復する道具として、今回の新型肺炎で中国が得た知見を使おうというのだ。おいおい、本気か?とついつい腹が立つ。パンデミック震源地の中国には、今や1万人を超えた感染者を抱える全ての国に対して責任があるだろう。

幾分前向きな記述はこれだけで、後は米国非難が続く。曰く、中国の国民、役人、エリートは、「米国での感染流行は中国の製造業の繁栄に役立つ」、「米国はウイルスの孵化器」、「ウイルスはワシントンの研究室から出た生物兵器」、「米国はアメリカの病人」などと路上で出会う米国人を侮辱しない、と。

確かに、ロス商務長官は中国での流行が「北米への仕事の帰還を加速する」と述べ、トム上院議員はウイルスが武漢の「レベル4ラボ」で発生したと示唆し、WSJは米シンクタンク研究者の「中国はアジアの真の病人」との解説を報道し、ナバロ顧問はかつて中国を「病気の孵化器」と呼んだ。

だが考えてもみよ。いくら「ウイルスの出所の結論は出せていない」などとトボケようとも、武漢で最初に患者が発生した新規のコロナウイルスによる肺炎であることは隠しようがない。さらに昨年のうちに判っていたヒトヒト感染を隠蔽して、春節に30億人を動くがままに放置したではないか。

その感染症が全世界中に蔓延し、数千人の感染者と数十人の死者が日々でている。各国での蔓延はこれからだろう。人命を危うくし、社会の安寧を乱し、人間関係を疑心暗鬼にし、世界経済を混乱させる事態がまさに世界で進行しているのだ。この中国御用紙の論調は決して許されるものではない。