首都圏を中心に緊急事態宣言が出る中、新型コロナに自分がかかったのではないかと不安になる方も多くなってくると予想される。
しかしメディアなどでは「PCR検査が受けられない」など、自分自身が罹患した際への医療体制への不安が煽られている。
先日ツイッターでいくらか話題になった新型コロナウイルスによる肺炎患者のブログでは、とても息苦しいのにこれを軽症と言うのか、などといった内容が見られた。
また芸能人の黒沢かずこ氏はPCR検査をするために病院を複数渡り歩いた上で、大いにネゴシエーションしてようやくPCR検査にたどりついたとメディアが報じている。
後者に関してはドクターショッピングという個人的にも社会的にも大変危険な行為である。
1. 医師に伝えるべき情報は「検査をしろ」ではない
これは日常診療でもあり得ることだが、疾患名を自分自身で推測して訴えるのはまだよいとしても、それに固執して検査の方法まで指示し、望ましい反応を得られなければ聞く耳を持たないというのは、客観的にみても「少し困った」患者といえるだろう。
患者が「風邪ひきました」という主訴で医院に来院したとして、医師の仕事は風邪以外の隠された疾患がないか注意深く鑑別することである。一見ただの風邪のようであっても、実は患者が想像もしない、致命的な疾患の兆候があるかもしれない。それを見落としたとなればそれは医療過誤であり、医師の責任問題となるからだ。
患者の側としても医者が「あなたが風邪というなら風邪なのでしょう」と何も診察せずに風邪薬を処方したら、不安になるのではないだろうか。
もちろん風邪薬と診断書さえあれば良いというニーズは理解するが、それは医療的には論外であり、社会制度上の欠陥で行政に是正を求めるところである。
以上を踏まえると「PCR検査をしてほしい」と病院の受付で申し出るのは、医療機関側の過剰な警戒感を引き出し、患者自身にとっても適切な医療への遠回りになるのではないだろうか。
医療機関での二次感染を配慮するのであれば「新型コロナウイルスの可能性がある」と予め伝えたうえで、現在の症状、体温や息苦しさ、倦怠感について説明し、医師の判断を求めるのが、個人にとっても社会にとっても最適解だ。
2. PCR検査は受けられるのか
そもそもPCR検査体制は国内においては “患者の希望で実施する” ルートはなく、医師が必要と判断したものに対して実施するものと明言されている。
その理由として以前から繰り返し発信がある通り、PCR検査によって治療方針が変わらないためだ。これはたびたび医師/歯科医師も誤解することだが、検査というのは治療方針Aと治療方針B、どちらを取るか決定することと、密接に結びついていなければ実施する必要がない。
インフルエンザに関しては迅速診断キットの結果が陽性ならばタミフルを処方するという結果につながるから、検査が正当化されるのだ。
検査さえすれば安心につながるというニーズは理解するが、一回数万円する検査である。SpO2測定のようにタダ同然の検査ならいくらでもすべきと思うが、むやみに実施するにはPCR検査は高額すぎるのだ。
話を戻すと、新型コロナウイルスによる肺炎に関して、PCR検査の結果により決まるのは隔離されるかされないかということであり、患者への治療方針には影響しない。
新型コロナウイルス患者を隔離せず院内二次感染がおこると困るのは医者だ。患者側としては「新型コロナかもしれませんよ」とやんわり伝えておけば、あとでPCR検査をしなかった責任は医者にあるということになる。そうであれば医者のほうがPCR検査をさせてくれと頼んでくるインセンティブがかかっているということである。
3. 軽症者の自宅待機とはどのようなものか
先に紹介したブログだけでなく、モーニングショーにおいても玉川氏は「軽症といえども呼吸困難があり、大変苦しい。それが自宅待機でよいのか」という旨の発言をしていた。
これは世の中の「軽症」の認識が多様であることと、医療において「軽症」が二重底になっているためと推察される。
例えば、体温37.5度以上というのはそもそも発熱であり、これを微熱だとして出勤するのは大前提として誤りである。世の中には体温39度以上でも“健康のために”ジョギングしたり、出勤したり、夜遊びまで付き合ったりするような強靭な肉体を持つ人間がいることは分かっている。
しかし平常時ならともかく、特に新型コロナウイルス蔓延下の現在においては「ちょっとした」風邪気味であっても病欠、自宅待機にするよう、上司・労務・経営者から明確に指示を出し、実践することが望ましいのではないだろうか。
既に厚労省の見解としては37.5度以上から発熱であり、企業が一律病欠するよう指示することもあり得るとしている。
新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け) (令和2年2月 21 日時点版) ― 厚生労働省
一方で休業補償に関しては現時点でも見解が分かれており、私自身法解釈の専門性を持たないためここでの言及は避ける。
本題に戻すと、体温38度以上や、息苦しいという症状は外来目線で考えて「少なくとも軽症ではない」だろう。
ただし、ここで複雑な問題が発生する。下記肺炎診断ガイドラインでいうと、SpO2 = 92%程度の「かなり息苦しい状態」でも肺炎としては軽症と表現するからだ。
外来目線では肺炎自体が予断を許さない状況であり、呼吸困難であれば酸素投与も視野に入院させる場合が多いだろう。しかしひとたび入院すると、多少苦しくても「直ちに酸素投与など医学的介入が必要でない = 寝かせておくのが最善」と判断すれば軽症という分類になってしまう。
このような、「医療人以外が考える軽症」、「外来目線の軽症」、「入院肺炎患者における軽症」などを網羅的に統合し表現できる指標などに関して、厚労省もしくは医師会が主体となって発信することが必要なのではないかと考えている。
まとめ
以上を踏まえて、軽症者は適切に自宅待機をするのが望ましい。もちろん家族を守るためホテル等の宿泊施設に移動するという選択肢は適切だと思うが、未だ議論のさなかであり、費用も一程度要するものと考えられる。
そうであれば、下記資料に一度目を通しておく必要はあると考えられる。
家庭内でご注意いただきたいこと~8つのポイント~ ― 厚生労働省
最も重要なのは別室とすることで、食事などはその部屋の入口に於いて、療養者自身で受け取るのが望ましいだろう。
ドアノブなどの消毒は、療養者自身で消毒スプレーを持ち歩き、自分が触ったところには直ちに吹き付けるといったシステムが最も実践しやすいだろう。
なぜなら療養者は「軽症」なので、わりと元気で、決して寝たきりではないからだ。これらの身の回りに関する軽作業が自分自身でできるうちは、PCR検査は必要ない。
なお、新型コロナウイルスは急激に悪化する可能性があることから、一度自宅療養と決めても、受診ガイドラインを鑑みた即応的な対応をすべきであると付言しておく。
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中田 智之 歯学博士・歯周病認定医
ブログやアゴラで発信する執筆系歯医者。正しい医学知識の普及と医療デマの根絶を目指している。地域政党「あたらしい党」党員