ネット上にこういう言説が増えてきた。安倍首相が緊急事態宣言で引用した西浦博氏の「8割の接触削減」は専門家会議の見解ではないが、「東京の感染者数が30日後に毎日6000人になる」というショッキングな予想と「接触を80%削減すれば感染はゼロになる」という劇的な効果を予言したからだ。
ところが、このシミュレーションには実証的な根拠がない。基本再生産数が2.5という想定は「ドイツ並み」だというが、日本の実効再生産数は1以下だ。感染者数には検査数のバイアスがあるが、死亡率も次の図のように先進国で群を抜いて低い。これから日本の再生産数がドイツ並みになることは、変化率が異常に上方屈折しない限りありえない。
98%接触を削減したら医療は崩壊する
百歩ゆずって、東京で局地的に感染爆発が始まると想定しよう。「8割の接触削減で新規感染がゼロになる」という根拠はどこにあるのだろうか。それは西浦氏の論文にも専門家会議の文書にも見当たらないが、佐藤彰洋氏は「新規感染がなくなるには98%の接触削減が必要だ」という。
これも東京で感染爆発が起こると想定しているが、接触を98%減らすには「ある人が電車やバスに週計7時間乗車し、仕事や趣味で計100人と直接接触していた場合、公共交通の使用を週8.4分に、人との接触を2人に抑えなければいけない」という。
悪い冗談だろう。そんなことをしたら日本経済が崩壊するだけでなく、医療も不可能になる。つまり佐藤氏は(おそらく西浦氏も)「感染者数をゼロにするために医療資源を破壊しろ」といっているのだ。
これは「健康のためには死んでもいい」みたいな本末転倒である。世界中に150万人も感染者のいる現状で、日本の感染者数を減らすことに意味はない。大事なのは重症患者数を医療資源の制約の中に収めることだけである。
この点で、30人のコロナ重症患者に人工呼吸器が2500台ある東京では、医療は崩壊していない。これから西浦氏の予測のように1ヶ月で100倍になるとパンクするが、今日も東京都の新規感染者181人のうち、重症患者は1人だけだ。空想的なシミュレーションで恐怖をあおるのはやめていただきたい。
追記:最初の図を差し替えた。